ここに至るには、いくつかの過程があったと思います。まずは正しい病名の告知です。私が東大の第三外科に所属していた頃には、食道がんを食道潰瘍だと説明していました。それが1976年に都立駒込病院に赴任した頃には、がんを告知するようになりました。そして、インフォームド・コンセントの登場です。患者さんの人権として、治療を選択するのに必要な情報を医師から受け取ることができるようになったのです。つまり患者さんの権利が主張されるようになったのです。この考えは医療現場にスムーズに普及しました。
次に現れたのがセカンド・オピニオンです。より良い治療法を見つけるために主治医以外の医者から意見を聞くということなのですが、これは医師の側からかなりの抵抗がありました。当初は「オレを信用できないのか」と激怒する医師が少なくなかったのです。しかし、これについても現在の医療の現場では常識的な行いになっています。
このように、患者さんの権利が主張されるにつれて、医師の側も変わってきたのです。そして、最近の医師は医学と医療の違いを理解するようになってきていると思います。昔のように、医学の力だけで病気を克服できるとは、思えなくなっているのです。患者さんを救うには、もっと幅広いアプローチが必要であり、それこそが医療なのだと、理解されるようになってきているのです。
帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中
※週刊朝日 2023年2月10日号