■「楽しい時間を共有する」は“万能”ではない

 しかし、カウンセリングにおいでになるたびに、妻の郁海さん(仮名、50代、専業主婦)を「接待」しているようなのですが、なかなかうまくいかないようでした。

 つまるところ、「楽しい時間を共有する」は、二人の関係が良好なときはより親密感を増大させる効果があり、二人の関係がニュートラルなときは一歩ポジティブな印象を形成する効果があると思いますが、ネガティブな印象を改善することは難しい、というか、ネガティブな印象を持っている相手と本当に楽しい時間を共有すること自体がそもそも難しい、という現実があります。

 ベースにある気持ちを増幅するのは比較的容易ですが、ベースにある気持ちを変えるのは難しいということです。

 なので、ある限定的な状況でしか使えないにしても、冒頭に書いたような、気持ちをきゅんとさせるようなテクニックって、(私には効果のほどがわかりませんが)本当に効果があるのだとすれば、すごいなと純粋に思うのです。

 私には、そういうアイデアを伝授する能力はないので、もう少し別の切り口から考えます。

 そもそも、両方の当事者に、本当に愛情がないのなら、関係が成立しないはずです。愛情がなくなった、とか愛情が薄れたという話はよく聞きますが、私はその手の話には懐疑的です(本当に愛情がなくなっているケースも多少ありますが)。本当に愛情がないなら、わざわざそんな話をしにカウンセリングに来ること自体に違和感があります。

 そんな話をすると、「良かった」とほっとされる方がいらっしゃいます。最初の例の智弘さんもそうでした。でもそれは早合点です。智弘さんは、「少しでも愛情が残っているなら、それを広げて……」と夢がいきなり膨らみましたが、そうではなく智弘さんに対するネガティブな気持ちのほうが大きいので、そちらを膨らますことは比較的容易ですが、ポジティブな気持ちをふくらますのは難しいのです。

 智弘さんも紘三さんもそうなのですが、ポジティブな気持ちを膨らますために、家事を頑張ったり、楽しい時間を作ろうとしたりするわけですが、そのアプローチは難しいのです。本当の問題は、100%を超えるようなポジティブな気持ちがあって結婚したはずなのに、それが見えないほど小さくなっているのは「今」何がどうなっているのか、なのです。

 智弘さんに聞いてみると、

「共働きなのに、自分の仕事のことで頭がいっぱいで、家事をしなかったのが原因なので」

 と過去のことを話し始めました。そう認識しているから、家事をするという対処をしようとしているわけです。よく言えばとても素直な反応です。しかし、意地悪く言えば、妻に非難されたことのうち、自分が理解できたことをただオウム返しに繰り返しているように聞こえます。

暮らしとモノ班 for promotion
「最後の国鉄特急形」 381系や185系も!2024年引退・近々引退しそうな鉄道をプラレールで!
次のページ
対応すべきは過去や未来でなく「今」