「実は、オールスターの一週間位前に漫画家の水島新司先生と食事をしたんです。その時、江夏さんの9連続三振の話になってですね。僕が言ったんです。振り逃げも三振は三振ですよねと。先生もそうだ、そうだと。じゃあ、1イニングで三振を六つ取れるから、規定の3イニングなら18個の三振が記録できるんじゃないかということになった。そうなると江夏さんの9連続が最高ではないのではないかと盛り上がりまして」
振り逃げは事実上の三振だが、捕手の後逸によって打者は出塁となる。これを三回繰り返せば満塁にはなるものの三個の三振を稼げるので1イニングで合計6個の三振が取れ、3イニングでは18個の三振が取れるという理屈だ。
「実際、マウンドに上がったらこの話は一時、忘れていたんですが、8連続で三振を取った後、頭に浮かんだのはここで三振を取っても結局9連続で江夏さんに並ぶだけだなと。翌日の新聞にも“二人目の9連続三振”と書かれるのは分かっていましたから、じゃあ、振り逃げを狙おうと。江夏さんを超えようという気持ちは全然ありませんでしたが、オールスターで10個の三振を取れるということを証明するのが面白いと思ったんです。こういうこともできるんですよという感覚ですね」
知っての通り、結果は九人目の打者、大石大二郎にカーブを打たれセカンドゴロに。なぜあの場面でストレートを投げなかったのかと、後に散々議論された場面だ。
「振り逃げを狙って球をワンバウンドさせるくらいの気持ちではあったんですが、半面、そういう投球は果たしていいことなのかなと迷いながら投げてしまった。ワンバウンドして捕手の中尾(孝義)君がパスボールしたらちょっと可哀想だなという気持ちもありました。そのような思いが入り混じりながら投げた、とても迷った一球でしたね」
そして最後の質問。本企画のテーマである、記憶に残る忘れられない一球についてだ。オールスターでの投球とは別の一球が、江川の脳裏に深く焼き付いているという。それは八一年の日本シリーズ第六戦。相手は日本ハム、ついに日本一を決めた最後の一球だった。