小倉さんには2歳下に妹がいるが、妹が父親から身体的虐待を受けている場面を見たことはない。しかし父親は突然食事中に食卓をひっくり返したり、食べ物や食器を投げたりすることがあり、小倉さんと妹は怯えていた。そのためか、妹は指先がぼろぼろになるほど爪を噛むのが癖になっていた。

 小倉さんも妹も、結婚して以降、20年以上両親とは疎遠になっている。

「それでも、普段から根拠なく自信過剰で、自己評価が異常に高い両親なので、昨今、遺された家族に負担をかけないようにしようという世論が高まる中、生前整理など当たり前に進めているものとばかり思っていました。なのにまさか69歳になって、自分たちの健康状態や寿命、育てる責任などを考慮せず、子犬を飼い始めるほどの考えなしだとは思っていませんでした」

 小倉さんの「親は正しく賢いものである」という思い込みは完全に崩れ去った。

「私は実家にいる頃から40年以上、2か月に1度くらいの頻度で悪夢を見ていました。夢の中で私は、父親から理不尽な無理難題を課せられ、怒鳴られたり暴力を振るわれたりしており、いつも嗚咽しながら目を覚ましていました。でも、父の死後に見た夢の中では、父は実体のない、影のような存在になっていたのです。それでもやはり生前のように私をしきりに貶し、罵るのですが、驚くことに私は、その影に向かって言い返していました。影が反論できず黙ってしまうくらい、はっきりと突っぱねていたのです」

 小倉さんは、現実でも夢の中でも父親に反抗したことがなかった。もしかしたら父親が亡くなったことで、ようやく父親の洗脳を解くことができたのかもしれない。

■理想の死に方

 最後に小倉さんに、理想の死に方をたずねた。

「『身内や他人に関わらず、できるだけ人に迷惑や負担をかけないような死』と思っています。私たち夫婦には子どもがいません。なので、私が死んだのちに、それが誰になるかはわかりませんが、必ず誰かの手を煩わせることになります。その負担を少しでも軽くすべく、持ち物を増やさないこと。また、今現在持っているものを極力減らすこと。を実践しています」

 父親は亡くなったが、75歳の母親は健在だ。母親には「私はあなたの介護をするつもりはありませんので、自分で家を処分して、施設を探してください」と伝えている。だが母親は、「犬2匹と一緒に、ずっと家で過ごす!」と頑な。当然、生前整理など進めているはずもない。

「父はおそらく、現実を直視する度胸がなく、心臓の再検査を拒否したものと推測されます。そして何の準備もなく死にました。こんな両親を持ったからか、自分の死の準備を何一つしない人には、もともとどこかおかしなところがあるのではないかと思ってしまいます。私たち夫婦は、夫と私、どちらかが亡くなったら、残された方がスムーズに施設に入所することを考えていますし、もしかしたら、2人ともまだ判断力と体力を維持しているうちに、一緒にケアつきの物件に入所するかもしれません」

 生前に、自分勝手や傍若無人だった人は、死に方もそうなのだろうか。

 子どもを持ちたいと思わなかったという小倉さんは、生も死も、両親を反面教師にしているのかもしれない。
                         (文・旦木瑞穂)

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