わたしは講師陣の人間性に疑問をもったが、予備校はやめず、毎週日曜、夕陽ケ丘に通った。

“デッサン”はテーブルに置かれた、染付のティーカップとポット、広げた辞書、笊(ざる)にのせた豆腐と蒟蒻(こんにゃく)、チェック柄のネルシャツ、ポリ袋入りの煎(せんべい)といった、いかにも描きにくそうなものを鉛筆で細密描写する。

 半年ほどして、わたしは気づいたが、ひとのデッサン力は持って生まれたセンスであり、いくら修練しても下手なひとは下手なままで上達しない。画面に対するモチーフの配置も、ただバランスがとれているだけではダメで、どこかに意図的なズレを入れると構図に軽みと動きが出る。

“色彩構成”は「アメリカ」とか「せせらぎ」といったお題を与えられ、ケント紙に下絵を描いてポスターカラーを塗っていく。原色ばかりの派手な色調はまとまりがないし、同系色ばかりだと地味すぎて目立たない。ポスターカラーは混ぜて使うことが多いが、たとえば緑色に赤、オレンジ色に青、紫色に黄などの補色を一滴落とすと、色に深みが出たりする。そうして少しずつ自分なりの色調を作っていった。

“立体造形”は油土や紙粘土で抽象彫刻を作れと指示されたが、抽象彫刻とはなにか──。まったく分からない。講師に訊いても、あやふやな返答しかなかったのは、彼ら四人が洋画科出身であり、立体に対する知識も素養もないからだと、あとで知った。※次回につづく。

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

週刊朝日  2021年3月19日号

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