次にヤフオクで物色しはじめたのが煙草のパイプだった。パイプはそれまでに二十本ほどは持っていたが、気に入ったものは数本しかなく、旨いと評されるパイプを毎週のように買った(同じ葉を吸っても、パイプはどれも味がちがう。それも微妙な差ではなく、各パイプに個性があって、いいものはほんとうに旨い。パイプの材料は地中海沿岸に自生するブライヤーというツツジ科の樹木の根瘤だが、樹齢の高いものほど旨いとされ、質のいい材料は五○年代で採りつくされた。だからパイプは古いものほどいいし、値も張る)。

 パイプは吸ってみないと、旨い、不味(まず)いが分からないから、次こそは“当たり”ますようにと買いつづけたが、またいつものように熱が冷めた。いま思うに、旨いパイプは十本に一本だった。

 パイプ熱を最後に、わたしはヤフオクもやめた。もう欲しいものはない。ここ五年ほど、着るものを買ったこともない。「ピヨコちゃん、齢をとったら身ぎれいにせんとあかんのやで。外で倒れたときに恥ずかしいんやから」ガウディを見なさい、とよめはんはいう。

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

週刊朝日  2021年4月23日号

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