NHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公で「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一。渋沢家五代目の渋沢健氏が衝撃を受けたご先祖様の言葉、代々伝わる家訓を綴ります。
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前回は本コラムの初回であったこともあり、私と高祖父の渋沢栄一との「出会い」を美しく描きました。それは現在からの視点を持って、20年前のことを振り返ったからです。今回は、当時の実態を、より正確に示す話になります。
20代半ばから30代まで私は米系投資銀行やヘッジファンドに勤めていました。親戚の集まりの席で(お酒が入ると特に調子が良くなる)父方の叔父からよく注意されたことがありました。
「昔には渋沢家には家訓というものがあってな。そこには政治や株をやっちゃいかんと書いてあるんだぞ」と。
自分は特に政治家志望があったわけではなく、「株をやる」というイメージもなかったのですが、何回何回も聞かされていたことなので少々気になっていました。
そして、40歳になった自分が会社を興すことをきっかけに、本当に家訓が存在しているのか、父に聞いてみました。「あったかもしれないなぁ」という呑気な返事でした。
ただ父の本棚に並んでいた本編58巻、別巻10巻の「渋沢栄一伝記資料」を調べてくれたら、家訓が見つかったのです。第一則「処世接物ノ綱順」、第二則「修身斉家ノ要旨」、第三則「子弟教育ノ方法」に分かれており、その第二則第四項に掲載されていました。
「投機ノ業又ハ道徳上賤ムヘキ務ニ従事スヘカラス」
私は「賤しい」職についているとは思っていなかったので、これは問題ありませんでした。ただ、私の20代半ばから30代まで自分が就いていた仕事は金融市場で買ったり売ったりを繰り返すトレーディング。どのように解釈しても、これは「投機の業」でした。
40歳になって自分は渋沢家の家訓を違反しいている。「不都合な事実」と直面したのです。
さて、どうする。私は思いました。