実は渋沢栄一はたくさんの資料を通じて、自身の言葉を残してくれた。家訓の、この条は自分にとって都合が不都合だ。けれども、これほどたくさん言葉が残っているのであれば、どこかで自分にとって都合が良い言葉が残っているかもしれない。と、開き直ったのです。
これが、自分の渋沢栄一の研究の始まりでした。極めて利己的な動機です。けれども、そこからの展開は、前回のコラムで示したとおりです。
この個人的な研究の成果をまとめて初めて世に示したのが2001年の処女作、「渋沢栄一とヘッジファンドに学ぶリスクマネジメント」(日経BP社)でした。自分自身の葛藤の空間を埋めるために渋沢栄一とヘッジファンドという一見矛盾する二者に共通点があると主張する、ハチャメチャな作品です。
その共通点とは不確実性ある世の中におけるリスクマネジメントであると定義しました。リスクマネジメントとは、多く不確実性(リスク)がある状況で操作する自動車運転と同じです。「ハンドル」(どこへ向かうかというビジョン)および「アクセル」(レバッレジ)と「ブレーキ」(ヘッジ)のフットワーク(タイミング)が必要であると。
言うまでもなく、この単行本は重刷かかることなく、絶版に至ります。ただ、特徴ある内容に「面白い」という声もあり、2014年に「渋沢栄一 愛と勇気と資本主義」(日本経済新聞出版)という新書として蘇ります。
リーマンショックを経て、自分の仕事もヘッジファンドから、当時の日本資本市場では枯渇していたと感じていた長期投資へと舵を切っていました。
では「投機」と「投資」の違いは何か。一般的に短期的な「投機」、長期的な「投資」というイメージがあるでしょう。でも、何日間、何週間、何月間、「何年間」を経てば「投機」が「投資」になるのでしょうか。時間軸だけでは「投機」と「投資」の違いを定めるのは難しいです。
「投機」と「投資」の違いは着眼点です。