黒川博行・作家(C)朝日新聞社
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※写真はイメージです(GettyImages)
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 ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は、家のメンテナンスについて。

*  *  *

 土曜日──。かなり大降りの雨だった。よめはんがダイニングから庭を指さして、「ほら、水が漏れてる」といった。

 雨樋(あまどい)の端から「漏れてる」という程度ではなく、水栓を全開にしたように水が噴き出していた。

「詰まっとるな、樋が」冬に落ちた枯葉だろう。

「直してよ」「濡れるがな」「傘、差したら」「傘を差しても足元が濡れる」「ハニャコの長靴、貸したげよか」「あのな、濡れる濡れへんやない。いま屋根にのぼったら滑って落ちるやろ」

 よめはんにはわたしが屋根から墜落する図が思い浮かばないらしい(思い浮かんだらもっと怖いが)。

「マキ、ハニャコちゃんはひどいこというんやで」

 テーブルでお好み焼をつついているオカメインコのマキにいうと、“ハニャコチャン カワイイネ”といった。どこがかわいいんや、え──。

 月曜日──。池の金魚に餌をやっていると、よめはんがアトリエから顔を出した。「ピヨコちゃん、樋のお掃除は」「あ、忘れてた」「今日は温(ぬく)いよ」お仕事日和やで、とよめはんはいった。

 脚立を開いて梯子(はしご)にし、屋根にかけた(うちは平屋風の造りだから、軒の高さは三メートルほどか)。わたしは高所恐怖症だが、これくらいは足がすくむほどではない。

 梯子にのったまま樋を点検すると、集水口のそばに数十本の細い草が生え、小さな木まで生えていた。雨水がたまるはずだ。草を土ごと取って捨て、集水口の中に手を入れると、かまぼこ板のような灰色の石が出てきた。こいつが詰まって樋に土がたまり、そこに草と木の種が落ちて発芽したようだ。

 なんで、こんな石が屋根にのったんや。棟瓦を見ると、漆喰(しっくい)の一部が割れて剥がれ落ちていた。“石”の正体は漆喰だった。わたしはスポンジとバケツの水で樋の中をきれいに拭き、梯子からおりた。仕事部屋に入って、さてどうするか、と考える。

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