花の銀座を舞台に広告マンが景気よく動いていた。行き先を黒板に書く際、「有楽町」は朝日新聞、「大手町」なら読売新聞、「竹橋」は毎日新聞の意味でねと彼らは言っていた。まさに昭和の物語だ。

 そんなことを思い出しながら、数日後、クリエイティブディレクターの杉山恒太郎さんを訪ねた。杉山さんは電通の常務を経て、現在、ライトパブリシティの社長である。「ピッカピカの一年生」「セブン-イレブン、いい気分」などの代表作があるレジェンド。そんな杉山さんに、この旧電通本社ビルの思い出を訊くと、「それはね、エレベーターだよ」と教えてくれた。「遅かったんだ。速度が」。ビルが古いせいもあったのだろう。1階で待っているのも大変だし、それで会議に遅れてしまったこともあった。

「汐留に新しい本社ビルを造ることになって、何よりもまずエレベーターの数を増やして、スピードをあげることになった。そうしたら、あまりの速度に眩暈(めまい)がしそうになっちゃうクライアントの人も出てきてね。それはそれで大変だった(笑)」

 今はもぬけの殻になっているが、丹下健三が未来を構想したこのビルにあった、スローなエレベーターにやきもきしながら行き来する広告マンたちの溌剌(はつらつ)とした日常を思うと、解体されつつあるビルからかつての足音や笑い声が聴こえてくる気がした。

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞

週刊朝日  2021年6月11日号

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