「のどかわいた」の部分を名前のように扱って茶化し、「そういう頼み方をしてはいけません!」と言外に諭すのです。このように注意されると、子どもの方はハッとして「お水ください」などと言い直します。これは子どもが「おなかすいた(I’m hungry.)」「熱い・寒い(I’m hot/cold.)」「つまんない(I’m bored.)」などと言ったときでも同じです。私のアメリカ人義母は、「うちには“おなかすいた”さんがたくさんいたわ」とよく思い出し笑いをしていました。

 日米ミックス文化のわが家でも、この「要求はきちんと言葉にせよ」方式を徹底しています。わが家が子育てを始めたのはアメリカだったということもあり、たとえ日本語で話しているときも「のどかわいた」だけでは決して水は出さず、子どもが「お水ください」と言えるまで待ちます。でもこれを日本でしていると、「ちょっと厳しすぎない?」と言われることが多いのです。冒頭で紹介した教科書の例が示すように、「日本語には察する文化があるので、要求ははっきり言語化しなくてもいい」と考えられているからかもしれません。むしろ、「要求をはっきり口にするのは野暮だ」とか「子どもの要求を察してあげることこそ親の愛情」みたいな考え方もありますよね。

 日本語と英語で価値観がこんなに違うとき、バイリンガル家庭では一体どちらに合わせればいいのでしょう。合わせるのではなく、「日本語を話しているときは婉曲的に、英語で話しているときははっきり言葉にして要求を述べること」と使用言語によって基準を変えるべきなのか? いや、大人ならまだしも価値観のものさしがまだ巻き尺のように柔らかい子どもにそこまでの使い分けを求めるのは酷ではないか、とも思ってしまいます。

 こんなふうに、バイリンガル育児をしているとお行儀や礼儀作法の問題にしょっちゅうぶつかります。日米バイリンガルの人が、日本人には「物言いがキツイ」と言われ、アメリカ人には「何を考えているのかわからない」と言われがちなのは、日本語と英語でしつけのしかたがこれほど異なることにも理由があるのでしょう。

〇大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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