「日本人がいることが、バレてはまずいので、静かにしていなくてはならなかった。でも弟たちは小さいからわからない。それで持っていたヤレ紙に、鉛筆で絵とお話を描いたら、『次はどうなるの』って、喜んでね。それまでは自分が楽しむために絵を描いていたけれど、人に見せて喜んでもらったという原点が、あの屋根裏部屋にあったのかもしれません」

 本書で圧巻なのは、会ったこともないトキワ荘のメンバーと、思わぬ交流が生まれる「トモガキ」だ。

 締め切り直前に大怪我を負ってしまったちばさんの代わりに、石ノ森章太郎、赤塚不二夫といった若き漫画家たちが、ちばさんの絵柄に寄せて、別冊付録1冊分の原稿を仕上げることを引き受ける。

「私は長男だから家を出られなくて、トキワ荘が羨ましかったんです。みんなに迷惑をかけたのに、それをきっかけに仲間に誘ってくれてね。同人誌『墨汁一滴』に参加したり、運動会やイベントをやったり、楽しかったな。そう思うと、大変なことつらいことは節目になりますね。竹と一緒で、きつい節目があるからさらに上に伸びることもできる。私はたくさんの人に恵まれてきました」

 今でも作品を描き続けている、ちばさん。

「自分が描いていたものを喜んで読んでほしいから、『読んでもらうためにどうしたらいいのか?』と、今でもけっこう悩みます。新しく描く作品は、いつでも初めて描くもの。年寄りの漫画家の人生をゆっくりでも、自分の歩幅で描いていきたいですね」

(ライター・矢内裕子)

AERA 2021年8月2日号

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