小櫃さんは、二所ノ関部屋にある大鵬さん用の洋間の個室、ここは俺たちは簡単に入ることを許されなかったんだが、そこにも自由に出入りしているし、大鵬さんがタニマチと飯を食いに行くときも一緒で、横綱のような扱いを受けていたし、大鵬さんの飯をつまみ食いしてるし、大丈夫かよと思ったもんだ。まあ、小櫃さんはいわゆる「無理へんにげんこつと書いて兄弟子」というタイプではなく、穏やかでずいぶん気さくな人。大鵬さんもそんな小櫃さんを横にいるとリラックスできたんだろう。宮城野部屋の炎鵬も番付が上がっても白鵬の付け人をやっていたりするし、彼らもウマが合うんだろうね。
同じく横綱でいえば、日本大学時代に名をはせて、相撲界に彗星のごとく現れて横綱まで昇りつめた輪島さんもユニークな人だったね。花籠部屋が日大相撲部の合宿所の隣だったから、輪島さんは入門しても日大の合宿所に行って、後輩と過ごしている方が多かったんだって。後輩にマネージャーみたいなこともさせて、花籠部屋の若い衆も「輪島さんのことは放っておいても、日大相撲部がやってくれるからいいよ」って感じだったらしいから付け人も楽だよ。
実力もあったし、場所中は京王プラザホテルに宿泊して、国技館にリンカーン・コンチネンタルで乗りつけたり、銀座で飲み歩いたりと華もあって、若い衆にも「横綱になればああいう風になれるんだ」っていう夢を与えてくれたよね。本人はあっけらかんとして、調子に乗ったらどこまでも乗るタイプだったけど(笑)。それまで、いくら横綱といっても、当時の野球界の王選手、長嶋選手と比べると地味な印象だったけど、輪島さんが変えたんだ。
そうそう、王さん、長嶋さんも対照的で、二所ノ関部屋で大鵬さんと雑誌の対談なんかがあって、長嶋さんは終わるとすぐに帰っちゃうんだけど、王さんは稽古部屋に来て、寝っ転がりながら若い衆と「相撲も大変でしょう~」なんて話し込んでいたもん。「王ってこんなに気さくなんだ!」と思ったよ。この2人も対照的で面白いよね。