それでも大文字さんは、ウィットに富む一面もあるからタニマチには評判がよくてね。そのユーモアもたぶん天然じゃなくて計算されたものだと思う。素の大文字さんはカッコつけ。ぶつかり稽古で大鵬さんが胸を貸したりすると、投げられてもバーン!っときれいな受け身を取ってみせたり、人に見せることを意識していて「大文字はきれないぶつかり稽古をする」と当時からよく言われていたよ。さすが、プロレスから相撲に転向したという珍しい人だ。京都出身で、プロレスと相撲、両方からスカウトされて、激動の中に身を置けるのは本当にすごいことだと思う。俺みたいな田舎の農家の出身とはワケが違うからね。

 相撲時代に印象的だったのは大鵬さんの付け人。横綱の大鵬さんには15人くらいの付け人がいるんだ。横綱の身の回りのことは全部付け人がやるから、横綱は座ったまま「おい、〇〇持ってこい」と用事を言いつけるだけでいい。俺が初めて大鵬さんの体に触れたのは、風呂上がりにスリッパを履く前に出した足をタオルで拭く役割の時だ。すごいだろう? 風呂上がりの横綱の足を拭くだけの役割の付け人がいるんだ。それも乱暴にやってはダメで、四股を踏むように股を割って、中腰できれいにやらなければならない。それが、相撲の所作にもつながるからね。関取衆の出した足をしっかり捕まえなきゃいないから、こっちもしっかり構えておかないとバランスが崩れてしまう。今の力士はみんな体が大きくなって、俺らの頃より大変だろうな。

 これだけでなく、横綱が風呂に入ると「石鹸を渡す人」「湯舟に浸かったらタオルを渡す人」といろいろな役割があって、付け人の序列によって役割が変わるんだ。俺も「早く大鵬さんの顔が拭けるようになりたい」と思ったもんだよ。

 そんな付け人の中でも序列が一番上の役割はなにかと言えば、要は“太鼓持ち”だ。一緒に飯を食いに行ったり、話し相手になったり、横綱を心地よくさせる人によく声がかかるんだ。俺が二所ノ関部屋に入ったばかりのときも、大鵬さんにも3~4人、そういう人がいて、この人たちは何なのかな? と不思議に思ったよ。その中でも特異なのが、小櫃さん(後の大荒)という人でね。この人はいつも大鵬さんの横にいて、ちゃんこを食うときも一緒。大鵬さんが「うまい?」と聞いて、小櫃さんも「うん、うまいよ」なんて横綱にタメ口で話しているんだ。小櫃さんは大鵬さんの1歳下で、当時は三段目。入門したての俺からしたら三段目なんてすごく輝いて見えたけど、実際に自分が三段目になってみると屁みたいなもんだった(笑)。

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