藤井は竜王戦第3局2日目午前、アイスカフェラテ、温泉まんじゅう、味噌まんじゅうを選択。地元の名物、銘菓を意識して注文するのも藤井流だ(写真:日本将棋連盟提供)
藤井は竜王戦第3局2日目午前、アイスカフェラテ、温泉まんじゅう、味噌まんじゅうを選択。地元の名物、銘菓を意識して注文するのも藤井流だ(写真:日本将棋連盟提供)

■羽生は3連勝4連敗

 羽生は開幕から3連勝。多くのファンの声援を背に「永世七冠間違いなし」というムードが漂った。第4局も終盤は羽生勝勢。そこで渡辺は「打ち歩詰め」の禁じ手で自玉の詰みを逃れるという劇的な展開でカド番をしのいだ。そこから渡辺は一気に4連勝して防衛を飾った。羽生の永世七冠達成は9年後の17年にまで延ばされた。将棋史上初の3連勝4連敗を喫したのが「史上最強」とも言われる羽生だったのは歴史の皮肉である。「史上最強候補」の藤井とて、その轍(てつ)を踏まぬとも限らない。

 もう一度は09年王位戦。深浦康市(49)に木村一基(48)が挑んだ七番勝負で、深浦は3連敗から4連勝を返し、王位を防衛した。木村の初タイトル獲得は「中年の星」と呼ばれるようになった46歳、19年にまで延ばされることになる。

 深浦は平成以降の将棋史を語る上で欠かすことのできない名棋士だ。全盛期の羽生と真っ向から渡り合い、羽生に勝って悲願の初タイトルを獲得し、羽生を退け防衛も果たした。

 もし地球に将棋星人が攻めてきたらどうするか?

「地球代表は絶対羽生でないと嫌だろ? 深浦でもいいのか? 深浦に命運を託せるのか?」

 そんなネット掲示板上の書き込みがあった。それが転じて、いつしかなぜか深浦が「地球代表」と呼ばれるようになった。多分に面白がっての呼び名だが、現在は大いなる畏敬(いけい)の念がこめられる。渡辺、豊島、藤井、永瀬拓矢(29)という現在の「四強」と数多く指した上で、トータルで33勝29敗と勝ち越している棋士は、実は深浦しかいない。そして深浦は現在「藤井キラー」の名をも得つつある。

■9勝したのは豊島だけ

 竜王戦第3局2日目が行われていた午前、事前収録されていたNHK杯2回戦・藤井-深浦戦が放映された。結果は先手番で攻めきった深浦の完勝だった。藤井がこれだけ一方的に負けた例は、ほとんどない。負けた藤井は終局直後、机に突っ伏した。藤井がこれだけ打ちひしがれた姿を見せたのもまた、久しぶりのことではないか。

 これで深浦は藤井に対して3勝1敗。藤井に2番勝ち越している棋士は深浦のほかにいない。

「藤井1強時代も見たい。でもその強い藤井に、他の棋士が容易に負けないところも見たい」

 将棋ファンは、矛盾した思いを持っているのではないか。

 藤井に9番も勝っている棋士は、依然豊島だけ。第4局以降の豊島の奮起に期待したい。(ライター・松本博文)

AERA 2021年11月15日号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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