井上:最初に編集者からテーマを提案されたときはいやだって言ったんです。「だってまだ寂聴さん生きているし」って。でもその後、小説とは無関係に寂聴さんにお目にかかったら寂聴さんがずっと父のことをお話しになるんです。「光晴さんがこう言った」とか「ここのお豆腐屋さん、光晴さんが好きでね」とか。それに「ぐっ」ときちゃった。すごく父のこと、好きだったんだな、父とのことをなかったことにしたくないんだな、と。そのときに「もう私が書くしかない」と思いました。といっても小説はフィクションです。実在の3人をモチーフに、私なりの物語を構築したということですね。
寺島:みはる役は50歳にして髪も剃らなきゃならないし、絡みのシーンもある。そういう芝居は久しぶりだったんです。だから撮影がコロナ禍で何度も延期になるたびに、オリンピック選手じゃないですけど毎回、自分の体を奮い立たせて準備をしていました。
井上:寺島さんはもちろんですが、笙子役の広末涼子さんも素晴らしかったですね。
■「切に生きる」を全うしようと
寺島:あとから聞いたんですけど、広末さん、撮っているとき体調が悪くなっちゃったんですって。眠れなくなったりして、でも本人は理由がわからなかった。そしたら広末さんのお母さんが台本を読まれて「あなた、こんなお話をやっているから具合悪くなるのよ」と言われた、とおっしゃっていました。
井上:あっはは。
寺島:私と廣木さん(隆一監督)は爆笑しながら「やっぱり奥さんだったら、この状況つらいよね、演技でも」って話していました。みはるはワッとぶつかっていく演技だったけれど、広末さんの笙子は全てをわかりつつも、見て見ぬふりなのか、という微妙なお芝居でしたからね。
井上:私、撮影を見学しに伺ったんです。篤郎が笙子と団地の入り口で会って「鰻食べに行こうか」というシーン。二人とも父と母とはまったく違うのに、すごく懐かしくて思い出すものがありました。豊川さん、父の1.5倍ぐらい身長があるんですけど(笑)。