井上:小説もその年齢でしか書けないものがある。私ももっと若いときにこれを書いたら、もっと倫理とか道徳に縛られていたかもしれません。
寺島:私、剃髪シーンの後、性格が変わった気がしたんです。男でも女でもない自分になったというか、さっぱりして元気になれた。カツラにしなくてよかった!と切に思いました。
井上:やっぱり剃髪って何かあるんでしょうね。何かが「落ちる」感じが。
寺島:いまもしんどいときがありますが、小説や仕事に没頭すると忘れられます。
井上:私はね、更年期、何ともなかったんですよ。
寺島:ええ~~!
井上:うちの家族全員そうなんです。ただそれまでには書けずに苦しんだ時期がありました。
――井上さんは1989年にデビューした後、7年ほど書けない時期を過ごした。
井上:あのときは本当に駄目でしたね。仕事もなくて、映画も本もほとんど見る気になれなくて。
寺島:何歳くらいのときですか?
井上:30歳ぐらいから、37歳ぐらいまで。父みたいに書かなくちゃ、って何かに縛られていたんでしょうね。自分の方法論がまだできてなかった。がんにもなって、まずい恋愛もしてグニャグニャだったんです。
寺島:その状態から脱出したきっかけは?
井上:それはね、夫と会ったことです。自分が安定できる基盤ができたのかな。ちょうど書き下ろしの依頼もきて、いろんなことがうまく重なり始めたんです。
――人と人が出会うことの不思議。本作からも「人の縁を感じてほしい」と二人は話す。
寺島:この映画で私は、人の縁とはいかに尊くて、愛おしいものなのか、ということを考えました。奇麗に言いすぎてしまっているかもしれないけれど、人を傷つけるにしても愛し合うにしても、憎しみ合ったり喧嘩したりも全て含めて、人の縁って大切にしなきゃいけないなって思いました。
■「鬼」はいろいろな意味でつけた
井上:人間は正しいことだけなんてできるわけがない。でもいまはみんなが過剰な「正しさ」だけを求める世界になっていますよね。「サレ妻」とかいやな言葉もあって。でも家族ってひとつひとつ、すごく特殊なもの。一律に「不倫されている妻は気の毒だ」なんて言えないのに。