「あちらにいる鬼」(廣木隆一監督)のワンシーン。11月11日(金)から新宿ピカデリーほか全国公開 (c)2022「あちらにいる鬼」製作委員会
「あちらにいる鬼」(廣木隆一監督)のワンシーン。11月11日(金)から新宿ピカデリーほか全国公開 (c)2022「あちらにいる鬼」製作委員会

井上:小説もその年齢でしか書けないものがある。私ももっと若いときにこれを書いたら、もっと倫理とか道徳に縛られていたかもしれません。

寺島:私、剃髪シーンの後、性格が変わった気がしたんです。男でも女でもない自分になったというか、さっぱりして元気になれた。カツラにしなくてよかった!と切に思いました。

井上:やっぱり剃髪って何かあるんでしょうね。何かが「落ちる」感じが。

寺島:いまもしんどいときがありますが、小説や仕事に没頭すると忘れられます。

井上:私はね、更年期、何ともなかったんですよ。

寺島:ええ~~!

井上:うちの家族全員そうなんです。ただそれまでには書けずに苦しんだ時期がありました。

――井上さんは1989年にデビューした後、7年ほど書けない時期を過ごした。

井上:あのときは本当に駄目でしたね。仕事もなくて、映画も本もほとんど見る気になれなくて。

寺島:何歳くらいのときですか?

井上:30歳ぐらいから、37歳ぐらいまで。父みたいに書かなくちゃ、って何かに縛られていたんでしょうね。自分の方法論がまだできてなかった。がんにもなって、まずい恋愛もしてグニャグニャだったんです。

寺島:その状態から脱出したきっかけは?

井上:それはね、夫と会ったことです。自分が安定できる基盤ができたのかな。ちょうど書き下ろしの依頼もきて、いろんなことがうまく重なり始めたんです。

――人と人が出会うことの不思議。本作からも「人の縁を感じてほしい」と二人は話す。

寺島:この映画で私は、人の縁とはいかに尊くて、愛おしいものなのか、ということを考えました。奇麗に言いすぎてしまっているかもしれないけれど、人を傷つけるにしても愛し合うにしても、憎しみ合ったり喧嘩したりも全て含めて、人の縁って大切にしなきゃいけないなって思いました。

■「鬼」はいろいろな意味でつけた

井上:人間は正しいことだけなんてできるわけがない。でもいまはみんなが過剰な「正しさ」だけを求める世界になっていますよね。「サレ妻」とかいやな言葉もあって。でも家族ってひとつひとつ、すごく特殊なもの。一律に「不倫されている妻は気の毒だ」なんて言えないのに。

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