作家・井上荒野さんが、父・光晴さんと恋愛関係にあった瀬戸内寂聴さん、そして二人の関係を承知しながら妻であり続けた母をモデルに綴った小説『あちらにいる鬼』が映画化された。寂聴さんの化身といえる主人公・みはるを演じたのは寺島しのぶさん。仏門に入るためのシーンで自身の髪を剃るなど入魂の演技に息をのむ。以前から縁あるお二人が、作品について愛について、赤裸々に語り合った。
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井上:最初にお会いしたのは渋谷・宮益坂にあった今はなきバー「デロリ」ですよね。小説家仲間と飲んでいたら「寺島しのぶさんがいるよ」ってみんながざわっとした。
寺島:ちゃんとお話しさせていただいたのはその後にテレビ局で偶然、お見かけしたとき。私は荒野さんの『だれかの木琴』が大好きで直に伝えたくて、楽屋に押しかけた。
井上:それが縁で寺島さんが文庫版の『だれかの木琴』の解説を引き受けてくださって。
――物語の舞台は1960年代。小説家のみはるは妻子ある作家・白木篤郎(豊川悦司)と出会い、恋に落ちる。篤郎の妻・笙子(広末涼子)は二人の関係を知りつつも家を守り、二人の子を育てる。みはるは寂聴さん、篤郎は井上光晴さん、そして笙子は荒野さんの母がモデルだ。
寺島:みはる役が決まったとき、荒野さんと寂聴さんにお手紙を書いたんです。なんとなく背中を押していただきたくて、少し疑問を持った部分などを書いたら、荒野さんからお返事をいただけたんです。撮影終了まで、お守り代わりに台本に挟んでいました。寂聴さんはもうあまりお加減がよくなかったようで、お返事はいただけなかったんですが。秘書の方に伺ったら読んでくださってはいました。
井上:やっぱり寂聴さんに観ていただきたかったですね。私も自分の原作ではあるけれど、映画には別の道筋ですごく「ぐっ」ときましたから。
――小説の執筆は2016年から18年にかけて。きっかけは寂聴さんとの出会いだった。