子どもが数々の試練を味わうのはもちろんのこと、親だって試される。一生懸命努力を重ねているのに前に進んでいる感覚さえ得られない焦り、なかなかやる気を見せてくれない子どもへの苛立ち、つい言い過ぎて子どもを傷つけてしまったあとに味わう自己嫌悪……。


 回り道、落とし穴、魔物との対決など、さまざまな試練を乗り越えて映画の主人公とその仲間が成長するのと同様に、中学受験生とその家族も成長する。最初から「そういうものだ」と思っていれば、試練に出くわしても、それをどうやったら成長の糧にできるだろうかと前向きにとらえられるようになる。


 試練に出くわすたびに、それをどう乗り越えたら自分たちらしいかを親子で語り合う。その日々を通して、人生の選択や生き方に対する親の価値観が子どもに伝わる。これも言葉だけではなかなか伝えられない類いのものだ。家庭の「非認知能力のブレンド」といってもいい。


 すべてを終えて振り返ると、中学受験の日々を通して自分たちのたどってきた道のりが、一つの物語になっている。「あのときああしていれば……」と思うことの一つや二つもあろうが、それすらもいずれ、物語の味わいを引き立てる「ほろ苦さ」だったのだと思えるようになる。


 生まれて初めての本気の大冒険を、子どもは何年たっても忘れない。そのとき感じた恐怖、苦しみ、喜び、そしていつもそばにいてくれた親の存在感の大きさを、映画の回想シーンのように思い出すことができる。


■親が魔物に襲われる


 中学受験で第1志望校に合格できるのは3割にも満たないといわれている。「結果」だけを見れば、あまりにも分が悪い。しかし結果の如何にかかわらず、「中学受験をして良かった」と振り返る家族には共通点がある。合格か不合格かの結果より、中学受験という機会を通した人間的成長に焦点を当てているのだ。しかしおそらく、最初からそう思える親は少ない。


 中学受験という魔界に棲む魔物は、親の未熟な部分を執拗に突いてくる。そこで痛みを感じているのは自分の未熟さゆえであることを謙虚に受け止められる親は、成長できる。親が成長すれば、子どもも大きく成長する。でも、いつまでも痛みを子どものせいにしていると、子どもは簡単に壊れる。中学受験が「毒」になるか「良薬」になるかの違いはそこにある。

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