1989年。10代にしてすでに図抜けた実力の持ち主であった羽生善治(51)がついに初タイトル挑戦を決めた際、河口俊彦八段(故人)はこう記した。

「あえて、我等が羽生、と書こう。羽生善治五段が、竜王戦の挑戦者になった。(中略、15歳で四段デビューし)それから約4年で、棋界最高の位に手をかけた。十代でタイトル戦出場は、史上初のことである。私の感じでは、ようやく出て来てくれたか、であるが、記録を見ると、けたちがいに早い出世と判る」(河口俊彦『一局の将棋 一回の人生』)

 羽生もまた、藤井と同じ19歳で竜王位を獲得した。将棋界を知らない人にとっては驚嘆すべき早い出世に見えるかもしれない。しかし羽生や藤井が盤上で表すまばゆいばかりの才能を感じ、将棋の天才が生きる時間軸を想像できたとすれば、決して早いとも感じないだろう。

 天才の周りでは、異次元のスピードで時間が過ぎていく。11月19日、藤井が王将挑戦権を獲得し「史上最年少五冠」へのチャレンジが決まった。羽生善治が奇跡の全七冠制覇を達成したように、8大タイトル制となった現在、藤井聡太もまた、着実に全八冠制覇への道を歩み続けている。

(ライター・松本博文)

 ※AERA 2021年11月29日号を一部改変

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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