◆権力と富の亡者「戦争はだめだ」

 とにかく名前を覚える天才だった。新潟に帰れば、何百人という支持者らを名前で全部呼ぶ。国家公務員の課長以上の名前や誕生日、結婚記念日まで全部覚えていて、記念日には贈り物を渡す。だからみんなファンになった。

 さらに、「田原君、人間の頭の中にはモーターが何十台も入っているんだ」と言うわけ。今ではコンピューターのことだけど、「一般の人はこのモーターを5、6台しか使わない。いくら使うかは、本人が努力すれば何十台も使える」と説くくらい、努力家だった。

 もっとも、娘の真紀子をすごくかわいがっていた。「あいつは俺と違って大学を出ているのに、わざわざ俺のところへ漢字を聞きにくる」とね。娘を同行させてソ連(現ロシア)を訪れた時、風呂場でお湯が出なかったという。「お湯が出ない」と真紀子に言ったら、「どうせ盗聴されているから、お湯が出ないよ!と声を上げれば来るわよ」と答えたそうだ。大声を出したら、本当に関係者が駆けつけたというエピソード。要するに、娘を褒めてたわけね。

 そんな角栄だったけど、竹下登が派閥を飛び出して「創政会」を旗揚げした“竹下の反乱”で、本当に参っちゃったのね。権力というのは角栄にとって一番大事なものだった。竹下の反乱で権力から追われて、生きがいがなくなったんだね。

 権力の世界というものは、織田信長もしかりで、勝たなきゃだめ。負けたらどんな弁解をしても通用しない。だからどうやって権力をとるか。信長は敵を全部殺した。角栄の場合は金ね。けれども、権力と富という一番の生きがいを奪われた。

 彼はやっぱり戦争を知っている世代だから、ハト派だった。彼は戦争にも参加した経験があって、多くの仲間が戦死するなか、病気になって入院して生きていた。本当なら死んでいた身だ。

「田原君、戦争はだめだ」と言っていた。だから、改憲反対。(かりに存命で現在の政治状況を見たら)やっぱりちゃんと、やるべきことをやるんじゃないだろうか。(構成/週刊朝日編集部)

*次回は福田赳夫・康夫です

週刊朝日  2021年12月24日号

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