(週刊朝日2021年12月24日号より)
(週刊朝日2021年12月24日号より)

 しかたなく最敬礼して、「ジャーナリストとして自殺行為だ」と告げて返せぬまま帰宅した。

 家では、妻と娘が見たこともない札束を前にして、「ドラマのようなことを一回やってみたかった」なんて冗談を言って、その札束でパンとほっぺをたたき合ったんだよ。

 すると2日後、早坂から電話がかかってきた。「田原君、おやじが認めてくれたよ」と言うんだね。

 この時に角栄が(返金を許さずに)怒ったら、僕はもう終わりだったのね。ジャーナリストとしての最大のピンチの一つでもあったから、認めてくれて大感謝。結果的に野党からも信頼された。

 とにかく理由はわからないけど、やっぱり角栄の器の大きいところだね。あの時にね、角栄が救ってくれた。“ジャーナリスト田原総一朗”をつくってくれた。

 その後、政治家から金を出されるような場面があっても「田中さんにも返したから受け取れない」と言うと、みんな引っ込めた。かつて右翼の大物からは「そういうことを言ったのは君が初めてだ」と褒められた。

 ジャーナリストたちが官房機密費を受け取った、と騒がれたことがあった。真偽のほどはわからないけど、角栄との一件がある僕は「あり得るな」と思った。けんかができないやつが受け取ってしまうんだね。受け取らなかった僕は、与党にも野党にも信用されるようになった。

 僕は、角栄が逮捕されたロッキード事件を取材して、まさに冤罪(えんざい)だと思っていた。贈賄側の米ロッキード社の連中は言いたい放題で、本当かうそかも調べていないんじゃないかと感じていたからだ。

「金権政治」で総理になって、その金権のために失脚した。

 角栄は自らの田中派だけじゃなく、敵対派閥にも配った。野党にも金を渡した。つまり角栄は、表面的には敵対する野党まで、金権政治で全部抱き込んでいた。秘書の早坂が角栄に対して「自民党でも野党でも、金をもらった相手に裏切られても許すのは、どうしてなのか?」と聞くと、「裏切るかどうかは、もらったやつの勝手だ。俺は渡すほうだから、何をしようが関係ない。裏切ったやつを怒らない」と答えたという。

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