
50年に及ぶ格闘人生を終え、ようやく手にした「何もしない毎日」に喜んでいたのも束の間、2019年の小脳梗塞に続き、今度はうっ血性心不全の大病を乗り越えてカムバックした天龍源一郎さん。人生の節目の70歳を超えたいま、天龍さんが伝えたいことは? 今回は「名前」をテーマに、つれづれに明るく飄々と語ってもらいました。
* * *
俺は“天龍源一郎”になってから約50年。本名の嶋田源一郎よりも天龍の方が自分でもしっくりくるようになっている。病院の受付で「嶋田さ~ん」と呼ばれても気づかない(笑)。全身麻酔で手術するときも医者に「嶋田さんって呼びかけて起きなかったら、天龍って呼んでください。そっち方が反応しますから」と娘がお願いしたほどだ。
相撲時代は天龍関とか関取と呼ばれることがほとんど。力士はお互いを「〇〇関」とか「関取」と呼ぶんだけど、飲み会なんかで大勢集まると、横綱、大関以外はみんな関取で、あちこちで「ねぇ関取」「そうでしょ関取」「関取、飲んでますか?」って、関取だらけだ!(笑)
天龍のほかにも、WARで自分の団体を持ってからは、周りに“大将”と呼ばれるようになった。この大将という呼び名は、もともと相撲界の習わしで、部屋で一番上の立場の力士を呼ぶときに使っている。テレビでビートたけしさんに「なんで大将って呼ばれているの?」と聞かれたときに「相撲の呼び名なんですよ」と説明したけど、ピンと来てなかったなぁ。でも、たけしさんだって「殿」って呼ばれてるじゃない!(笑)
俺がいた二所ノ関部屋で大将と呼ばれていたのは、もちろん大鵬さんだ。この大将も、ただ番付が上というだけでは使われないし、横綱になったから「大将」というわけでもないんだ。大将と呼ばれるには実力や実績、地位、品格がしっかり伴った人でないといけない。逆にどうしようもない奴を「よ、大将!」なんて呼んだら、それは相手を卑下したり、馬鹿にしたりしている場合だろう。