交尾はうまくいった。だが、妊娠しているかわからないのもパンダの繁殖の難しさの一つだ。
「受精卵ができてもすぐに着床しない“着床遅延”がありえますし、パンダの赤ちゃんは150グラムくらいなのでおなかは大きくなりません。見た目にはわからない。妊娠したときに見せる巣作り行動などがあっても、“偽妊娠”がありえる。この場合は、血液や尿での検査をしても、妊娠時と同じような性ホルモン値が出る。生まれるまでわからないのです」
◆個体数増加こそ種としての仕事
交尾を見届けた土居さんは翌月、園長を退任する。土居さんはシンシンから離れはしたが、「生まれるだろうな」という直感めいたものがあったという。交尾から4カ月後、待望の第2子「シャンシャン」が生まれる。
「シャンシャンが生まれたとき私は中国にいたのですが、日本を発つ前に『私が中国にいる間に生まれそうだな』と思って、ある新聞記者の方に事前にコメントを寄せておいたんです(笑)。私の直感を誰も信用してくれませんでしたけど(笑)」
そのシャンシャンは今年6月の中国への返還を控える。当初は19年の返還が予定されていたが、コロナ禍で延期が続く。
「少なくなった個体数を増やすというのが種にとっての仕事。シャンシャンのためにも早く返すべきだと思っています。上野にいてほしいと署名運動をする方もいますが、それは動物に対しての冒涜。ペットではないんです。パンダにとって大事なことは何か。考えてみてほしい」
園長時代、他の動物を担当する職員に失礼だからと、パンダを特別扱いはしなかったという土居さん。ただ、パンダがいるのといないのとでは来園者が年間30万人以上は違うという。土居さんに「パンダはなんでかわいいのか」という純粋な質問をぶつけてみた。
「人間の子どもに似ているからですよ。警戒感なくゆったり座って、丸っこく、手で竹を握って食べる姿が人間の子どもを思わせ、本能的にかわいいと思わせるのです。それに、パンダは誰でも絵に描ける。白と黒だけ。目の周りを黒くして、輪郭の真ん中に黒い点を描いて、耳を黒くすれば完成。それも親しみやすさを生む好かれる要素なのかもしれません」
種としての困難な宿命を背負いながら、見るものを引きつけ、心に物語を刻む上野のパンダ。優しく見守り続けたい。(構成/本誌・秦正理)
※週刊朝日 2022年1月21日号