Emmanuel
Emmanuel Todd/1951年生まれ。家族構造や人口動態などのデータで社会を分析し、ソ連崩壊などを予見してきた

──本では、女性の解放は人種差別の後退につながっているとも指摘していますね。

 そのとおりです。狩猟の獲物を分配するという意味で男性は集団の担い手でした。

 集団で助け合うのはいいことですが、それは同時に戦争にもつながります。なぜなら集団を組織するというのは、他の集団への対抗でもあるからです。男性の役割は、自分の集団を守るとともに他の集団を攻撃することです。人種差別も同じです。これは集団的な帰属意識のヒステリックな表れですから。

 女性はそういうことにかかわらない。で、集団への帰属意識が弱まれば軍事活動、集団と集団との間の戦争は成り立たなくなるし、人種差別も後退する。

おおの・ひろひと/1955年生まれ。朝日新聞でパリなどの特派員やコラム「日曜に想う」を担当。退社後、長野県安曇野市に移住
おおの・ひろひと/1955年生まれ。朝日新聞でパリなどの特派員やコラム「日曜に想う」を担当。退社後、長野県安曇野市に移住

■集団活動はより困難に

 本では、女性の解放が進んだことで、宗教的信仰の衰退や同性愛嫌いの終わりも説明できることを示しました。反同性愛感情は男性的なことなのです。トランスジェンダーも含め性をめぐる変化は女性解放の副産物です。

 女性は、政治や経済でまだ中心的な地位は得ていないとしても、文化的には歴史をつくってきたのです。「すべての人の結婚」への進展にも背後には女性の解放がありました。

 他方、集団への帰属意識の崩壊は、破滅的な状況につながることもあります。人々が助け合う意識が薄れ、ブレーキのない新自由主義的な経済社会をつくりだす。人々から社会的な権利を奪い、労組も崩壊する。

 女性の解放は本質的に人種差別や同性愛への差別を終わらせるとてもよい結果をもたらしています。しかし、否定的な面もありそうです。みんなでいっしょに行動するということがむずかしくなったかもしれない。

 新自由主義的な革命は女性の解放と同時に起きています。まだ決定的な答えを出していませんが、個人主義が高まり、集団的な活動が不可能になりつつあることは、女性の解放と関係ないのだろうか、と問わないわけにはいかないと思います。

(構成/ジャーナリスト・大野博人)

AERA 2022年1月31日号より抜粋