作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、日本の性教育について。
【日本のフェムテック】膣トレグッズ、ピル飲み忘れ防止デバイス、シリコーン製バイブなど
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1985年、日本国内で初めてのエイズ患者が報告された。当時、HIVとエイズは区別されず、薬害事件も公になっておらず、ただ「エイズ」という単語が、セックスに関連している死を免れない恐ろしい病としてセンセーショナルに語られていた。
85年のある日、中学3年生だった私の教室で、「エイズって知ってる?」「エイズってなに!?」と、誰ともなしに皆が語りはじめた日があった。といってもHIVを語る知識も言葉も持たない中学生だ。ただ「エイズ」という言葉を乱発するだけで、ふざけて「エイズー!」と叫ぶ子もいた。そしてその時、私はなぜか急に思い立ってしまい、黒板に大きく「AIDS」と唐突に書きはじめたのだった。「スペルはこう」とかなんとか言いながら、白いチョークで思い切り大きく、しかも「!」もつけて。自分のその時の気持ちや行動の理由は今、全く説明できないが、強い衝動に突き動かされたのだろう。パニックだったのかもしれない。
それからチャイムが鳴り、それぞれが席につき……事件は起きた。教室に入ってきた先生が黒板に大きく書かれた「AIDS!」を見た瞬間に、「誰だ!!!!」と叫んだのだった。「こんなことを書いたのは誰だ!!!!!!」。先生もパニックになっていたのだろう。そのあまりに激しい怒りにかなり戸惑いながら、「はい」とこわごわ手をあげると目を剥かれ驚かれた。男子生徒がふざけて書いたとでも思ったのかもしれない。「なぜ書いた!?」とわめくように問われ私は、「エイズのこと分からなくて」と答えた。それに対し先生は途端にトーンを弱め、まるで私の声が聞こえなかったかのように「いいから、早く消しなさい」とだけ言ったのだった。
この体験は、私が大学院で性教育を学ぶことを決めた理由の一つになった。エイズに限らず、性的なことすべてが、聞いてはいけない、語ってはいけないこととされていて、エイズはその象徴だった。一方で、男の子たちはAV女優の話をしては教室でゲラゲラと笑っていた。女の子たちは、痴漢被害などの性暴力にさらされる日常を送りながらも、「魅力的な女性だから痴漢される」という刷り込みを(いろんなメディアや社会の空気から)されはじめていた。「性」の情報は理不尽だったし、矛盾していた。女の子でいることはさらに理不尽で、矛盾だらけと感じていた。