映画館を出てきて、近くにいた20代の女性が、まず一言、言った「難解……」と。正直、この「難解」という言葉があってるかどうかはわからないが、ただ「難しい」と思う人は少なくないだろう。
この映画を「いや~、素晴らしかった~」と言い切るには、チェーホフの戯曲に詳しかったり、色々と知識が必要だと思う。僕もそういう知識があったら、きっと「いや~、めちゃくちゃ良かった」と心から言えるだろう。だから「難解」とつぶやいた女性の気持ちも分からなくはない。
物語の中では結構な事件が起きるのだが、それをなるべく、淡々と描く。音楽も最小限。
事件って自分が巻き込まれない限り、人から聞くことが多いわけで、そう考えると、この表現はかなりリアリティーがあって、だからこそ、生々しい。
西島秀俊さん、三浦透子さん、岡田将生さん、出演者の演技がとてもとても素晴らしいことは僕にもわかる。特に個人的には岡田将生さんの演技。
で、見終わった僕個人の感想としては「僕にはわからない」5割、「すごくすごくいい映画を見た」5割の半々で、それが混ざり合ってなんか不思議な感覚になる。
僕が20代だったら、「わからない」の割合がもっと多かったと思うが、僕も今年50歳。
いろいろな経験をしている。3年前に亡くなった父とはいろいろなことがあった。
僕はこの仕事をしていて、なんでも「おもしろい」とすることが正義だと思っていた。自分の身に起きた不幸なことも「これはおもしろいんだ」と人に話すことで浄化していた。
それって、見方を変えれば「逃げ」である。
自分はそうやって、向き合わずに逃げていたんだってことが、この映画を見て気づけた。
父とのことも、もっと向き合えたかもしれないと。
人生、生きていれば何か起きる。突然起きたりする。つらいこともけっこう起きる。その「つらい事」に正面から向き合うことってなかなか出来ないんですよね。
この映画は「わからない」ことも多かったけど、自分の、胸の奥にしまってあった部分を引きずり出されたような、一番、人に見せたくない部分が、ドロっと出てきた感覚になった。
なかなかない経験だった。
179分。とても長いドライブだったが、日曜日の夜、車に乗りながら帰る自分は大きな充実感に満たされていた。
■鈴木おさむ(すずき・おさむ)/放送作家。1972年生まれ。19歳で放送作家デビュー。映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍。パパ目線の育児記録「ママにはなれないパパ」(マガジンハウス)が好評発売中。毎週金曜更新のバブル期入社の50代の部長の悲哀を描く16コマ漫画「ティラノ部長」と毎週水曜更新のラブホラー漫画「お化けと風鈴」の原作を担当し、自身のインスタグラムで公開中。コミック「ティラノ部長」(マガジンマウス)は発売中。「お化けと風鈴」はLINE漫画でも連載スタート。YOASOBI「ハルカ」の原作「月王子」を書籍化したイラスト小説「ハルカと月の王子様」が好評発売中。長編小説『僕の種がない』(幻冬舎)が発売中。作演出を手掛ける舞台「怖い絵」が2022年3月に東京・大阪にて上演。