
2月16日、秋篠宮家の長男、悠仁さまの筑波大付属高校合格と進学が発表された。皇族が学習院以外の高校に進学するのは戦後初めてとなる。AERA2021年3月7日号では、天皇家の教育について、『昭和天皇拝謁記』をもとに読み解く。
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昨年末に発刊された『昭和天皇拝謁記』は、初代宮内庁長官である田島道治氏の精緻(せいち)な天皇との面会メモだ。1949年2月3日から始まる1巻で、皇太子(現在の上皇陛下)との最初の面会記録は同月28日。田島氏は自分の話したことを、箇条書きふうに記している。
<日本の将来は、皇太子様の如何に御成人にかゝるかの重大事なること、田島職責中の最大の一たること‥‥国民との接触上友人は最良の師にて、切磋琢磨御必要のこと等言上す>
日本の将来は、あなたがどう大人になるかで決まる。そう言われた皇太子、時に15歳。それから73年、同じ15歳の秋篠宮家の長男悠仁さまは2月、筑波大学付属高校に合格した。
反応は歓迎より批判多めが実情で、一つには「提携校進学制度」での合格への反発。加えて学習院以外の高校に進学する皇族が戦後初めてだったことから、「帝王教育」がそれでいいのかという声もあがっている。
象徴天皇とは何か
帝王教育──。それでいいかと言われても、そもそもどうあるべきなのか。そのことを考える上で、『昭和天皇拝謁記』は意外なほど参考になる。例えば田島氏は、皇太子の「洋行」について天皇と何度も話す。49年12月19日には、その早期実現を望む天皇に理由を尋ね、こう記す。
<陛下は、講和が訂結された時に又退位等の論が出て(略)譲位とかいふことも考へらるゝので、その為には東宮ちやんが早く洋行するのがよいのではないかと思つたとの仰せ>
昭和天皇は皇太子を「東宮ちゃん」と呼ぶ。その天皇が、独立回復となれば退位、東宮ちゃんが天皇になる可能性ありと思っていると知り滂沱(ぼうだ)の涙が流れたと、田島氏は記す。