
『昭和天皇拝謁記』編集者の一人、名古屋大学大学院の河西秀哉准教授(歴史学)は、こう解説する。「占領当時、天皇の『退位』も現実感がありました。だから皇太子には、天皇としての自覚を早く身に付けてもらう。それが教育の最大のテーマだったと思います」
象徴天皇制は常に時代の流れと共にあり、天皇になる人への「帝王教育」も決めるのは時代の流れ、と河西さん。
現在の天皇への教育で力点が置かれたのは、過去の天皇の歴史を学ぶことだったそうで、中学生の頃から東大、学習院などの専門家を招き、歴代天皇の事績(じせき)を原文で読んだという。祖父が健在で父が皇太子。その状況下で長く過ごしたのが今の天皇だから、「象徴天皇とは何かという難問を前に、過去の天皇を学ぶことは、内実を埋めていく作業だったと思います」
陛下にとって歴史が大きな拠り所だということは、2022年2月23日に公開された、62歳の誕生日にあたっての記者会見からも伝わってきた。
競争となじまない
政府の有識者会議を踏まえ、皇位継承の歴史をどうとらえるかという質問があった。それに陛下は、「後奈良天皇の宸翰般若心経(しんかんはんにゃしんぎょう)」を見た経験を語った。そこから歴代天皇の名前と事績を次々と挙げた。その数、合計7人。そして、「(過去の天皇の)教えを、天皇としての責務を果たす上での道標の一つとして大切にしたい」と述べたのだ。
陛下の誠実さ、歴史への造詣はよくわかった。だが、素人的には「だから何だろう」と思わなくもない。その失礼なモヤモヤを河西さんは、「大枠よりも丁寧に説明しようとするのです」と表現してくれた。上皇も歴史を振り返る発言をしたが、「天皇は国民と苦楽を共にするという精神的な立場に立っていた」という解説とセットで、国民にも意味するところがわかった。
上皇への帝王教育といえば、小泉信三氏だ。慶應義塾塾長を経て、49年に東宮御教育常時参与に。『帝室論』(福沢諭吉著)、『ジョオジ五世伝』(ハロルド・ニコルソン著)などをテキストに幅広い知識=大枠を教えたが、現在の天皇には小泉氏にあたる人がいなかった。それが上皇と天皇の話す内容の違いとなっていると、河西さん。