「自分の読みの中だとけっこう厳しいのかなと思っていたんですけれど。本譜はなんか、しのがれたっていうか。こういう負け方はけっこう、珍しいかなと。勝ちかなと思った局面で負けた感じがしました」(佐々木)

 午後11時17分。90手と比較的短手数ながら、密度の濃い一局を藤井が制し、晴れて昇級を決めた。史上最年少18歳でA級に入った加藤一二三現九段(82)=引退=は「神武以来の天才」と言われた。藤井19歳でのA級入りは、それに次ぐ年少記録だ。

 藤井は棋聖、王位の二冠を防衛したあと、叡王、竜王、王将の三冠を奪取。将棋史において、21年度は藤井聡太が史上最年少五冠を達成した年と記録されるだろう。さらにはA級昇級も達成。観戦者の目には完璧にも映る1年を終えたあと、藤井は次のように語った。

「今年度はタイトル戦の番勝負の対局を多く経験することができて。いろいろ得るものもありましたし、結果も出すことができたので、その点はよかったのかなというふうに思っています。ただ、他棋戦も含めて全体として見ると、結果、内容ともにちょっと安定していないところがあったので、もっと一局一局の精度を高めていけるように取り組んでいきたいと思います」

 常に真摯(しんし)に反省を続ける。それが藤井の恐ろしさだ。

 藤井は21年度、64局戦って52勝12敗(勝率8割1分3厘)。前年度からの持ち越しで19連勝も達成。対局数、勝数、勝率、連勝の記録4部門で全棋士中トップに立っている。勝率に関しては伊藤匠新五段(19)に抜かれる可能性はあるが、他は1位が確定的だ。五冠の地位にあり、対戦する相手がほぼすべてトップクラスばかりという状況にあって、勝率8割台をキープしているのもまた恐ろしい。

 藤井はこの先も、とんでもない記録を量産し続けていくに違いない。そして記録が増えすぎてよくわからなくなった後世には、シンプルにこう思い出されるかもしれない。21年度とは、藤井が順位戦でA級昇級を決めた年であったと。(ライター・松本博文)

AERA 2022年3月28日号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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