■かつてオオカミがいた大地
かつて、北海道からロシア・カムチャツカ半島にいたるエリアは、世界中でも最後まで残った未知の空白地帯だった。そこには野生の息づかいが感じられる自然があった。
ところが、明治政府による開拓以降、北海道の原生林はすっかり切りつくされてしまった。水越さんは国立公園などにわずかに残された自然に昔の北海道の面影を追い求めてきた。
そんな作品をまとめた写真展「アイヌモシリ オオカミが徘徊した蝦夷地」を4月6日から富士フォトギャラリー銀座で開催する。
アイヌモシリはアイヌ語で「人間の大地」を意味する。
「オオカミが徘徊した蝦夷地」とは何か? たずねると、「昔、北海道にはエゾオオカミが生息していた」と、水越さんは口にする。「ところが、エゾオオカミが絶滅すると、ものすごい勢いでエゾシカが繁殖したんです」。
近年、エゾシカは森林や草原だけでなく、山の稜線にまで生息範囲を広げ、高山植物を食べるなど、生態系に大きな影響を与えている。
「エゾオオカミが北海道を徘徊していたころ、アイヌの人たちはつつましく自然の生態系に組み込まれたような狩猟採集生活をしていた。当時の北海道はこんなふうではなかったか、という写真展したいと思い、このサブタイトルをつけました」
■地味な写真に感じる美しさ
写真展は北海道全体をテーマとしたもので、展示作品は山や森林、湖沼、湿原、海の風景のほか、動物や昆虫の生態など、多岐にわたる。
ほかの風景写真家がほとんど訪れない厳冬期の大雪山や知床の山々を写した作品も魅力的だが、それ以上に静かな風景が生み出すリズム感に引かれた。
例えば、初夏の大雪山を象徴する雄大なゼブラ模様の雪渓が写った作品。曇り空の逆光のなか、黒い山肌に白い雪渓が静かに浮かび上がっている。よく目にする、青空の下、鮮やかな緑に雪渓が輝く写真とは異なり、モノクロ写真にちかい渋い色調で、自然の奥に潜んでいるものが見えてくるような美しさがある。
広大な釧路湿原を空から写した作品には、冬枯れた茶色い草原を曲がりくねった釧路川が流れる。画面手前にはエゾシカの通り道が複雑な網目模様を描いている。そんな、ある意味、地味な写真に水越さんの美意識を感じる。
「『美しい』とはどういうことか。それを考えるのはなかなか難しいことですが、風景を撮っていくうえで非常に大切なこと」と、水越さんは力説する。