水越さんが初めて北海道を訪れたのはもう60年以上前のこと。「空と大地の広がりがとても印象に残った」と、振り返る。20歳前、初めての1人旅だった。
そのときの思い出を、水越さんはこう書いている。
<コトコトと北海道の大地を走りだした汽車の窓から、少しずつ明るくなってくる北国の森林を見たときの感動を今も忘れない。モコモコとまるく波打つような照葉樹林が山を覆う東海地方に育った私の目には、真っすぐに伸び、シンメトリックなシルエットを持つ針葉樹で構成された森林が新鮮に映り、とても美しかった>(「中央公論」1997年12月号)
■地球上でもっとも美しい島だった
1988年、水越さんは北陸新幹線建設による立ち退きをきっかけに、長野県御代田町から北海道東部の屈斜路湖畔に移り住んだ。その後、30年あまり、極地や赤道周辺の山や森を訪れ、カメラに収めてきた。
そうするうちに胸に抱くようになったのは「かつて北海道は地球上でもっとも美しい島であったに違いない」という思いだった。
「熱帯雨林を写すのも面白いですが、1年中、景色はほとんど変わらない。私にとって、美しい自然というのは、季節の表情が豊かなこと。その点、北海道は四季がはっきりしていて、厳冬期は氷点下30度前後まで下がりますし、夏は30度を超えるときもある。さらに、生物と生態系の多様性にも恵まれている」
一方、ダイナミックさという点では、アメリカやヨーロッパアルプス、ヒマラヤとは比較にならないという。
「でも、季節の変化や、生物と生態系の多様性をきめ細かく写すことで、自然の面白さが浮き上がってくる。ただ、漠然と美しいからといってシャッターを切るのではなく、1枚の写真の中で何をつかみたいかをしっかりと整理して伝えることが大切です」
しかし、長年、北海道に暮らしていると、周囲の自然に対して目新しさが薄れないか?
「よく、そう言われますが、努力して、いろいろ勉強していくと、見えてくる世界があるんですよ」
さらに、繰り返し自然と接することで見えてくる世界もあるという。
「1回や2回の出合いでは見えないものが、時間をかけて親しくふれることによって見えてくる。何度も何度も見ることによってよさが分かるし、特徴も分かってくる。だから、そういうことを意識にしないとね」