中川志郎さん(c)朝日新聞社

 手を尽くして英語、ドイツ語、ロシア語の文献が集められ、上野動物園の飼育課だけでなく工事課の職員もかり出されて翻訳にあたりました。日本モンキーセンターの小寺重孝さんと江ノ島水族館の廣崎芳次さんからはモスクワ動物園のパンダに関する資料が提供されました。

 当時、上野動物園飼育課に在籍していた私も、微力ながら青焼きコピーの英語文献を訳したことを、青焼きの独特な匂いや手触りとともに覚えています。私が担当した文献には、アメリカの動物園でパンダが飼育係に襲いかかり、その人の腕に重傷を負わせたと書いてありました。かわいいイメージのパンダですが、実際はかなり獰猛な動物なのだなという印象を受けました。

パンダの受け入れ先が上野動物園に決まる

 10月5日、浅野園長と中川課長は首相官邸に二階堂進・内閣官房長官を訪問しました。2人は長官から「パンダを上野で預かってほしい。飼育、大丈夫だろうね」と言われ、「ハイ、一生懸命やります」と答えました。魅力あふれる動物であるため飼ってみたいという気持ちと、失敗は許されないという重圧感で、2人は心から喜べる状態ではなかったに違いありません。

 急遽決まったパンダ受け入れでしたので、パンダを動物園のどこで飼うかが検討されました。パンダ来日まで1カ月もありません。幸い前年に完成したばかりのトラ舎があり、簡単な改造をすればパンダ受け入れが可能との結論に至りました。浅野園長は「大事なお客様が来るとき、その家の一番良い部屋を空けておいてあげるのは人間でも同じでしょう」と言って新設トラ舎を仮パンダ舎として改造することを承諾しました。

 新居に引っ越して間もないトラ2頭は、再び元の住処(すみか)である旧トラ舎に戻りました。パンダ受け入れのために新トラ舎を消毒したのち、パンダ用のベッド、運動場の仕切り、観覧用のガラス張りなどの工事が行われ、準備が整えられました。

オスとメスで違う!? パンダが食べるタケの部位で大議論

 パンダのエサといえばタケです。しかしタケにはたくさんの種類があります。日本産のタケでよいのか、ササやタケノコではだめなのか議論はつきません。今なら笑い話ですが、メスがタケの葉を食べてオスは茎(稈=かん)を食べると書いてある本もあり、エサとしてのタケの選択は混乱をきわめたようです。都内、箱根、静岡、千葉、埼玉、栃木とパンダの嗜好にあったタケ探しが始まり、ハチク、ヤダケ、マダケ、ナリヒラダケ、クマザサ、オカメザサ、トウチクなどが試されました。安定的な供給と輸送の容易性から最終的に選ばれたのは栃木県大田原市周辺のモウソウチク(孟宗竹)でした。

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