自ら語る通り、世間で言えば「人でなし」だろう。でも、記者の2つの任務――権力を監視し、そのために肉薄する――はもともと相矛盾している。両者の間で引き裂かれることは宿命とさえ言える。その時が来たら市民の知る権利に応えることを選び、取材先にとっては「人でなし」になるしかない。

■お耳に入れたいことがあります

 実は最初に「辺野古に陸自」の話を聞いた時から、石井なら裏付けが取れるのではないか、というイメージがあった。1年半も抱えてしまったのは、記者であるからには自分で書きたいという意地、スクープをものにしたいという欲のせいだった。

 琉球新報とのライバル関係も念頭にあった。「沖縄2紙」とくくられ、権力に対する厳しい論調は共通しているものの、戦後ずっと競い合ってきた歴史がある。タイムスでも新報でも、デスクが現場記者に必ず聞くのは「で、相手は知っているのか?」。記事の評価も「新報を(タイムスを)抜けるかどうか」に左右される。

 共同通信には2紙とも加盟している。私が石井に情報提供して記事になった場合でも新報に先んじることはできず、同時に載ることになる。

 この期に及んで――と思い直した。黒川賭け麻雀問題で、「権力と癒着し、不都合を書かない新聞」の姿が暴かれた。危機はかつてなく深刻だ。小さなライバル関係にこだわっている場合ではない。タイミングは今。誰が書くにしても、辺野古新基地をめぐる極秘計画の存在は、きっと世論に大きなインパクトを与えるはずだ。

 石井に触れたコラムが新聞に載った日の夜、報告を兼ねて「この機にお耳に入れたいことがあります」とメールを送った。私は3年前のセミナーで一度会っただけで、受講生の一人に過ぎなかった。懇親会で杯を交わしたとは言え、この時点で覚えていてもらえているかも分からなかった。

 他社の記者に相談する以上、私が知っていることは全て伝え、後は判断を委ねるつもりでいた。2通目のメールにはこう書いた。

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