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しかし、一人盛り上がった私は、すぐ現実に直面することになる。記事にするためには陸自の中枢から裏づけを取る必要があるが、どう考えても取材ルートがない。私は沖縄を拠点にしている。東京には防衛省担当の同僚がいるものの、沖縄タイムスにとっての優先課題は一貫して米軍だった。戦後、沖縄を統治した全能の支配者で、日本復帰後も基地面積や事件事故、演習の被害が圧倒的に大きい。これに対して、復帰後になって沖縄に進出した自衛隊の中枢を取材した蓄積はあまりなかった。
■人でなし
取材の突破口をあれこれ考えては目の前の取材に追われる、そんな日々を繰り返しているうちに、1年半が過ぎていた。転機となったのは2020年5月、東京高検検事長の黒川弘務が新聞記者、元記者と賭け麻雀を繰り返していたという週刊文春のスクープだった。
業界の端っこにいるものとして、私は記者の行動の方に強いショックを受けた。検察庁法改正に絡んで渦中の人だった黒川のスキャンダルを目の前で見ながら書けない新聞に、あすはあるのか。もう読者に見放されるのではないか。ささやかでも、この惨状に危機感を持つ業界の人間がいることを伝えたかった。週に1回担当している新聞1面のコラムに、ある先輩記者のことを書いた。
尊敬する記者の言動を胸に刻んでいる。シンプルなこと。重大な情報を得たら書く。たとえ時間をかけて築いた関係でも、それをぶち壊しても。「人でなしと言われればその通り。書くために付き合っているんだから」
石井暁。2016年12月、東京で開かれた「調査報道セミナー」の講師だった石井の言葉は、私に強い印象を残していた。防衛省・自衛隊を取材して4半世紀以上。中枢に深い人間関係を築き、必要な時にはそのしがらみを断って数々のスクープを放ってきた。
石井はセミナーで、陸上自衛隊の秘密情報部隊「陸上幕僚監部運用支援・情報部別班(通称・別班)」に関する大スクープについて語った。別班は防衛相にも首相にも報告しないまま、独断でロシアや中国、韓国に拠点を設け、情報活動をしていた。構成員の自衛官は民間人などに身分を偽装して出国していた。