AERA 2022年6月6日号より
AERA 2022年6月6日号より

「やっぱりちょっと形勢が厳しそうかと思って。ただ、他に手がわからなかったので、仕方ないかなと思って指しました」(藤井)

 ここまで藤井をあわてさせる場面は、そうそう見られない。そして最終盤、ついに出口に勝ち筋が現れた。自玉そばに駒を打ってうまく詰みをしのげば、あとは反撃に転じて勝てる。容赦のない秒読みの声が出口にもかけられる。打つべき駒は角か銀か。出口はひたいに手をやり、56秒で銀を打った。升目にうまく駒が収まらず、いくつかの駒が乱れた。出口の銀打ちは常識的な手だ。しかし正解ではなかった。わずか一手の誤りで、出口の手から勝利が離れていった。正着は攻防に利く角だった。

 王者の藤井は、もう間違えない。あとはいつもながらに正確な速度計算で、きわどい一手争いを制した。藤井は王手で金を打つ。出口玉はきれいな詰みだ。出口が深く頭を下げて投了し、今シリーズ一番の大熱戦に終止符が打たれた。(ライター・松本博文)

AERA 2022年6月6日号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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