藤井聡太叡王はタイトル戦番勝負に8回出場して、いまだ敗退なし。将棋史上空前のペースで勝ち進み、早くも王者の風格を漂わせてきた(写真:日本将棋連盟提供)
藤井聡太叡王はタイトル戦番勝負に8回出場して、いまだ敗退なし。将棋史上空前のペースで勝ち進み、早くも王者の風格を漂わせてきた(写真:日本将棋連盟提供)
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 藤井聡太五冠が叡王戦五番勝負で出口若武六段に3連勝し、初防衛を果たした。第3局では苦戦しながらもミスを見逃さず、大熱戦を制した。AERA 2022年6月6日号の記事を紹介する。

【叡王戦五番勝負の結果はこちら】

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 藤井聡太叡王(19)に出口若武六段(27)が挑戦する叡王戦五番勝負は、藤井叡王の3連勝ストレートで幕を閉じた。最終的な結果だけを見れば「下馬評の通り」というべきかもしれない。しかし藤井にとっては決して、楽な戦いではなかった。

 藤井2連勝(1千日手=引き分け)で迎えた第3局は5月24日におこなわれた。戦型は両者ともに飛車先の歩を突いていく相掛かり。コンピューター将棋の研究によって高度に発展を遂げた、現代最新の進行となった。

 序盤で藤井は、左右に玉を揺らす奇妙なステップを踏んだ。そこだけクローズアップすれば、手損をして先手番の得を失うようにも見える。ほとんどの観戦者には、意図がわからない。アマチュアがそう指せば上位者からは「棋理に反するもの」と指摘されるだろう。しかし他ならぬ、人類最強の藤井がそう指したのだ。きっとなにか深遠な意味があるのだろうと、推し量るよりない。

 藤井が金を前線に押し上げたのに対して、出口は角を切ってその金と刺し違え、思い切った攻めに出る。

「攻めを呼び込んで指してみてどうかな、と思っていたんですけど」(藤井)

■59秒ギリギリで香打ち

 進んで、藤井には誤算があったようで、出口も十分に戦える形勢となった。本来持てる実力に加え、勢いにも乗る出口は強かった。そうでなければ、藤井と番勝負まで戦うところにたどりつけるはずがない。

 形勢は微妙に揺れ動く。少なくとも出口にとっては、右肩上がりでグラフが藤井よしに推移していく「藤井曲線」に乗せられてそのまま、という将棋ではなかった。

 両者ともに4時間の持ち時間を使い切って、あとは一手60秒未満で指す終盤戦。藤井はあわて気味に、59秒ギリギリで香を打った。

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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