タイトル五冠を持ち、10代のうちに地位、名誉、高収入を得た藤井。しかしその根底にある将棋を楽しむ心は、少年時から変わらない
タイトル五冠を持ち、10代のうちに地位、名誉、高収入を得た藤井。しかしその根底にある将棋を楽しむ心は、少年時から変わらない
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 藤井聡太が10代最後の公式戦、棋聖戦第4局で永瀬拓矢を破り、3勝1敗で3連覇した。序盤は永瀬のペースで千日手が連続する波乱の幕開けだったが藤井はどう巻き返したのか。AERA2022年8月1日号の記事を紹介する。

【写真】藤井聡太の和服姿

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 改めて棋聖戦五番勝負を振り返ってみよう。

 藤井に挑戦した永瀬は充実著しく、現在考えられうる最強のチャレンジャーの一人と目されていた。指し盛りの年齢を迎え、直近の対局でも藤井に勝っている。両者がタイトル戦番勝負で戦うのは意外にも初めてであり、開幕前からファンの注目度は高かった。

「第1局で2回千日手になって。自分にとっては初めてのことだったんですけど」(藤井)

 藤井が振り返る通り、シリーズは開幕局から波乱の出だしとなった。長い将棋史の中でも、タイトル戦で1局の勝敗がつくまでに2回続けて千日手が出現した例は、今回を合わせてわずか4例しかない。その上で第1局を制したのは「千日手王子」とも言われる永瀬だった。さすがの藤井も今回ばかりはピンチではないか、とも思われた。

「やっぱり普段の対局以上に体力が求められるような展開になったと思いますし。だからそういったところもなんというか、もっと向上させなくてはいけないのかな、とは感じました」(藤井)

 続く第2局は途中までは永瀬ペース。そこを藤井は踏みとどまってこらえる。迎えた勝敗不明の最終盤。藤井は相手玉の逃走路をふさぐべく、タダのところに銀を捨てる。藤井の名手は枚挙にいとまがないが、この銀捨てもまた、伝説として後世に語り継がれるだろう。両者の持ち味が遺憾なく発揮された名局は、最後は藤井が制した。振り返ってみれば、この一局がシリーズの帰趨(きすう)を決したといってもよさそうだ。

「第1局と第2局では、作戦の面でちょっと差をつけられてしまったというふうに思ったので。第3局からはより入念に準備が必要かな、というふうに思って臨みました」(藤井)

王位戦の防衛まで2勝

 第3局は、熱戦の末に藤井の勝ち。

 第4局は、愛知県瀬戸市出身の藤井にとってはホームである名古屋市でおこなわれた。そこではわずかなリードを少しずつ押し広げていく、完璧に近い勝利。10代最後の公式戦を、最高の形で締めくくった。

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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