歯周病を治療してもなかなかよくならない患者さんに内科で診察を受けてもらったところ、糖尿病が見つかったケースなども多くの歯周病専門医が経験しています。

 また、認知症においてはアルツハイマーで亡くなった患者さんの脳から、歯周病菌に関連する物質が見つかり、この物質を抑えて認知症対策に応用するために薬の研究もおこなわれています。

 このほか、ED(勃起不全)やNASH(非アルコール性脂肪性肝炎)、大腸がんや食道がん、すい臓がんなどのがんが歯周病菌と関連しているという報告も出てきています。

 国民皆歯科健診が普及し、歯周病になる人を減らすことでこうしたさまざまな病気の減少につながれば、国民の健康に大きく寄与するのではないでしょうか。さらにこれがうまくいけば、医療費削減に役立ちます。とても意味のあることだと思います。

 果たして歯科の病気を予防すれば、本当に医療費が削減できるのか? 実はこのことはある研究から証明されています。

 自動車部品メーカーの国内最大手企業として知られるデンソーの健康保険組合による調査です。

 同組合では被保険者の医療費を詳しく分析しました。その結果、歯周病にかかっている人では、歯科以外の病気に使われた医療費が、そうでない人よりも、平均1万5800円多いという結果が得られたのです。このうち、多くの人が糖尿病で治療を受けていたこともわかりました。60歳以上の年齢に限定すると、この差は3万円前後まで広がっています。

『日本人はこうして歯を失っていく』(著:日本歯周病学会・日本臨床歯周病学会)より
『日本人はこうして歯を失っていく』(著:日本歯周病学会・日本臨床歯周病学会)より

 一方、デンソーには複数の事業所がありますが、定期的な歯科健診を実施していた事業所では、医療費が5年間で最大23%も減少したのに対し、実施しなかった事業所では24%増加していた、という結果も得られています。

 国民皆歯科健診は費用面から、また、すべての国民に実施した場合、歯科医師や歯科衛生士が足りるのかなど、さまざまな課題が出てくるでしょう。歯科医師の一人として、実現を期待しながら、動向を見守りたいと思います。

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若林健史

若林健史

若林健史(わかばやし・けんじ)。歯科医師。医療法人社団真健会(若林歯科医院、オーラルケアクリニック青山)理事長。1982年、日本大学松戸歯学部卒業。89年、東京都渋谷区代官山にて開業。2014年、代官山から恵比寿南に移転。日本大学客員教授、日本歯周病学会理事を務める。歯周病専門医・指導医として、歯科医師向けや一般市民向けの講演多数。テレビCMにも出演。AERAdot.の連載をまとめた著書『なぜ歯科の治療は1回では終わらないのか?聞くに聞けない歯医者のギモン40』が好評発売中。

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