実質賃金が下がるとどうなるか。わかりやすい例は、海外旅行や輸入品購入を極めて割高に感じることだ。日本円の実力を測る「実質実効為替レート指数」は、小泉政権発足前の90年代中ごろと比べると半分以下になった。70年代の水準に下落したのである。大企業や富裕層が円安株高で潤う一方、現代の日本人の多くはいつの間にか半世紀前と同じくらいの購買力しか持たなくなってしまったのだ。
アベノミクスを否定できない岸田政権の曖昧さ
立憲民主党はアベノミクスを「お金持ちを大金持ちに、強い者をさらに強くしただけに終わった」と総括。枝野幸男代表は「間違いなく失敗だった」と強調し「適正な分配と安心を高める経済政策」への転換を衆院選の最大の争点に掲げている。
具体的には(1)消費税を時限的に5%へ引き下げる(2)年収1000万円以下の個人を対象に所得税を1年免除する(3)所得税の最高税率引き上げや法人税への累進税率導入、金融所得課税の強化を通じて大企業・富裕層への課税を強化する――という大胆な政策メニューを衆院選公約で打ち出した。
これに対し、自民党の経済政策の具体像ははっきりしない。岸田首相は立憲民主党の格差是正策に対抗して「成長と分配の好循環」による「新しい日本型の資本主義」を掲げたものの、肝心の「分配」政策の目玉である金融所得課税の見直しを早々に撤回する羽目になったことは、自民党が円安株高を期待する大企業や富裕層の意向に反して「分配」政策を選挙公約に掲げることの困難さを浮き彫りにした。岸田政権はアベノミクスを否定できないのだ。
今後の衆院選の与野党論戦を通じて、与野党の格差是正策の落差はより鮮明になることが予想される。私たち有権者は立憲民主党の大胆な公約に対しては財源確保の視点で実現性を吟味し、自民党の曖昧な公約に対しては格差是正が進むのかという実効性の観点から厳しく追及する必要がある。
岸田首相「新自由主義からの転換」の狙い
最後に岸田首相が「新自由主義からの転換」に込めた狙いを再考したい。私は単なる「立憲民主党との争点ぼかし」とはみていない。岸田首相の真意を読み解くポイントは、小泉政権以降の「新自由主義」と安倍政権が進めた「アベノミクス」を峻別し、「新自由主義」だけを否定していることである。
岸田首相が言う「小泉政権以降の新自由主義」を主導した中心人物は、小泉政権下で経済政策の司令塔を担う経済財政担当相に民間から抜擢された大学教授の竹中平蔵氏である。