茫洋とした風情の浜甲子園付近を走る上甲子園行き路面電車。この日の甲子園線には「金魚鉢」のニックネームでファンから親しまれた戦前の名車71型が充当されていた。(撮影/諸河久:1966年8月4日)
茫洋とした風情の浜甲子園付近を走る上甲子園行き路面電車。この日の甲子園線には「金魚鉢」のニックネームでファンから親しまれた戦前の名車71型が充当されていた。(撮影/諸河久:1966年8月4日)

浜風が心地良かった甲子園線

 次のカットが甲子園線の終点浜甲子園停留所を発車して上甲子園に向かう路面電車。影一つない炎天下の撮影で、気まぐれに吹いてくる潮の香りがする浜風が心地良かった。浜甲子園の停留所は写真のように屋根を持つプラットホームがあり、背景には瀬戸内海の防潮堤が茫洋と眼前に広がっていた。往時は上甲子園から800m先の中津浜(なかつのはま)まで電車が通っており、こんな炎天日には海水浴客で賑わったことだろう。

 夏の「甲子園」といえば、「全国高等学校野球選手権大会」を連想するが、訪問日は開幕より一週間ほど早く、球児や観客の熱気を肌で感じられなかったのが残念だった。

 1966年の夏は8月12日から第48回大会が出場校30校で開催され、エースの加藤英夫投手を擁した中京商業高等学校(現中京大学附属中京高等学校)が12年ぶり6回目の優勝と史上2校目の春夏連覇を達成している。

12の系統の神戸市電が集うホットコーナー

 最後のカットが楠公前停留所を後にする12系統脇浜行きの神戸市電。画面背景の湊川神社の杜は視覚に清涼感を訴えるが、杜から生ずる「蝉しぐれ」が聴覚をじりじりと刺激し、汗まみれの筆者の眼前に炎天の交差点風景を演出してくれた。

 写真の600型は、1932年に旧C車の鋼体化名義で登場しており、長田に所在した交通局工場が鋼製車体を新造している。全長11.5m、定員76名(座席定員36名)の低床式ボギー車。関東ではお目にかかれないマキシマムトラクション方式のブリル62E-1型台車を装備。屋根の薄い軽快なスタイルで、筆者好みの路面電車だった。

 楠公前交差点は、ここを東西に走る栄町線(春日野~兵庫駅)と南北に横断する楠公東門線(大倉山~楠公前)が平面交差し、画面手前には双方からの渡り線も敷設されていた。この交差点は神戸市電全15の運転系統のうち12の運転系統が顔を見せる神戸市電最大のホットコーナーといえよう。

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