■大津皇子が葬られた二上山
一方、山に向かった理由は、小説「死者の書」との出合いという。
この作品は民俗学者・国文学者、折口信夫が1939(昭和14)年に発表したもの。物語のなかで、飛鳥時代、謀反の疑いをかけられて自害した大津皇子(おおつのみこ)の魂が、葬られた二上(ふたかみ)山でよみがえる。
「読んだのは2017年ですね。一気に二上山のイメージが湧いてきて、山に入らねば、と思った」
それまでは山にはまったく興味はなかった安掛さんが「ハマったのは秩父」だった。
「まあ、山というより峠道とか、そっちのほうが好きですね。なるべく人が行かないような、人気のないところばかり歩いています。人の痕跡、名残を歩くみたいに」
山歩きは初めてだったので、目にするものがすべて新鮮に見えた。
「山は、ぼくにとっては『異界』なんでしょうね。それがじかに伝わってくる。本を読むような感じで山を歩いた。いろいろなものが見えてくるので楽しいです」
作品は、山道や廃村の写真の合間に5年前に生まれた息子の姿が現れるように構成した。
「なんか、子どもって、いつの時代でも普遍的な時間を持っている。そこに憧れを見いだしたというか、そういう気持ちで写しているんです」
(文=アサヒカメラ・米倉昭仁)
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