写真家・嶋田篤人さんの作品展「そこ一里」が3月18日から東京・新宿のリコーイメージングスクエア東京で開催される。嶋田さんに聞いた。
写真展のタイトル「そこ一里」というのは千葉県・房総半島のお国言葉だそうで、夏目漱石の小説『こころ』のなかにも出てくる。
<Kを東京へ帰したくなかったのかも知れません。二人は房州の鼻を廻って向う側へ出ました。我々は暑い日に射られながら、苦しい思いをして、上総のそこ一里に騙だまされながら、うんうん歩きました>
上総(房総半島の地域)で道をたずねると、「すぐそこだよ」と、返ってくるが、ちっとも着かない。心配になって、出会った人に聞くと、「ああ、すぐそこだよ」。その繰り返しで、なかなか目的地に到着しない。
「それが『そこ一里』。この言葉は気になるな、いいなと、すごく思っていたんです。ぼくはずっと房総半島を撮ってきたけれど、撮りきる感じがまったくしない。だから、もう少し、もう少しって、ずーっと撮ってきた。それを『そこ一里』と重ねてみた」
トンネルを抜けると撮影のスイッチが入る
嶋田さんの実家は房総半島の付け根に位置する大網にあり、ここを拠点に10年ほど前から作品を撮り続けてきた。
「東京から電車に乗って、千葉をすぎると風景が変わってくるんです。特に、大網の手前にトンネルがあるんですけど、それを抜けると、ぱっと雰囲気が変わる。そこでなんか、撮影のスイッチが入る」
嶋田さんの好きな被写体の一つに、灯台がある。「たぶん、行ったことのない灯台はないです。小さなものまで全部、訪れました」。
「あのフォルムが好き、というのがあるんですけれど、灯台は遠くからでも当然、視認性いいじゃないですか。でも、そこに行こうとすると、どうやって行ったらいいのかわからない。たどり着けそうで、たどり着けない。そこに写真っぽいものを感じるんです。被写体と向き合ったときに、何かが見えているんだけれど、そこへの歩み寄り方が明確には示されていないところとか」
会場には犬吠埼や太東崎などの灯台の作品も展示する。しかし、それを撮りに行ったのではないという。
「灯台も撮影してはいるんですけれど、もともと灯台は、そこまで行くために設定した目的地。そこに行く間の道端で出合うであろう未知のものに期待をして歩くんです」