好奇心(撮影:矢野誠人)
好奇心(撮影:矢野誠人)
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動物写真家・矢野誠人さんの作品展「やさしい母さんとおちゃめなウリ坊」が12月18日から東京・新宿のニコンプラザ東京 ニコンサロンで開催される。矢野さんに聞いた。

【写真作品】矢野さんが撮るウリ坊たちの素顔

 今年、矢野さんは第1回日本写真絵本大賞、金賞を受賞した。私が初めて矢野さんの作品を目にしたのは、それにちなんだ写真絵本の写真展で、そこには水中写真家・中村征夫さん、ユーモラスな視点で写したネコ写真で知られる沖昌之さんらの作品とともに、矢野さんのイノシシの写真が飾られていた。

 印象に残ったのは、まさに密着、という感じの撮影距離の近さ。まるでイノシシの家族の一員にでもなったように、すぐ横から写していることが見てとれた。

「ウルフマン」として知られるショーン・エリスはオオカミの家族に受け入れられ、共に生肉を食い、遠吠えをしながら数カ月にわたって暮らしたのだが、矢野さんの作品にもそれに近い密着度を感じた。

実際にイノシシを見たことのある人は少ない

 イノシシは里山にも生息する身近な野生動物だが、サルやシカとは違い、その姿を見ることはほとんどない。

「山登りをしていると、イノシシの足跡や土を掘り返した跡を目にすることがあると思うんです。だから、『イノシシがいる』ということは知っている。でも、実物を見たことのある人はけっこう少ないと思うんです。だから、ほんとうの姿はあまり知られていない」と、矢野さんは言う。

 その割に姿を見た気がするのは、町中を暴走するイノシシを警察官が捕まえようとしたり、農作物を食い荒らすのをテレビなどで目にするからだろう。つまり、親しまれる存在、というより害獣である。

 なので、矢野さんには「イノシシの自然な姿を写真で伝えていきたい」という気持ちがある。

 撮影の舞台となったのは、矢野さんの家からバイクで1時間ほどの距離にある六甲山。

 ここでイノシシを1年中撮影しているのだが、今回の写真展では出産直後の5月から7月にかけて撮影した母イノシシと子どもたちの姿をメインに展示する。

「子どもがいちばんかわいくて、面白いのがこの時期なんですよ。それをすぎると、ちょっと毛づやが悪くなる。そうすると若干かわいさがね(笑)」

 ちなみに、作品タイトルにある「ウリボウ」というのはイノシシの子どもの俗称で、「体に『ウリ柄』があるからウリボウなんです。9月ごろ、この縞模様が消えると、ウリボウじゃなくなる。まあ、ウリボウでもイノシシでもない中間なので、適当に『イノボウ』とか、呼んでいます」。

 秋になると冬を越すため、クリやドングリをたくさん食べ、体がどんどん大きくなる。ほかの時期は土を掘って見つけた昆虫などを食べて暮らしているという。

見守り(撮影:矢野誠人)
見守り(撮影:矢野誠人)

それまでとは異なるイノシシのイメージに気がついた

 矢野さんがイノシシを撮り始めたのは7年前。当時、勤めていた写真館の同僚に野良ネコを写した写真を見せたところ、「うまいね」と、褒められたことがきっかけだった。

――でも、ネコの次にいきなりイノシシを撮ろうと思ったんですか?

「ええ、何を思ったのか(笑)。ほかの動物は思いつかなかったんですよ」

 六甲山にはイノシシが出没することが知られていた。しかし、それまで矢野さんは六甲山に何回も登っていたものの、イノシシを見たことは一度もなかった。

「だから、合えたらいいな、くらいの気持ちで行ったんです。そうしたら、いきなりイノシシの親子と出合った。登山道を登っていくと砂防ダムがあって、そこの広場にふつうにいた。最初は怖かったので、かなり遠くから見ていていました」

 それから、休日になると六甲山を訪れる日々が始まった。繰り返し通い、観察しているうちにこの広場がイノシシの通り道になっていることがわかった。

「山の奥から歩いてきて、川の水を飲むために寄っていく。1日待っていたら、運がよければ1回くらい出合える、くらいの感じです」

 根気強く観察しているうちに、それまでとは異なるイノシシのイメージに気づいた。

「怖いけれど、襲ってくるわけでもないし、なんか、ゆっくりとすごしている。『あれ、これって、思っていたのと違うな』と。そこに引かれたんですね。そこからイノシシにはまっていった」

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イノシシを6年間追いかけて