福田幸広さん、浅尾省五さんが撮るのを見て「ああ、悔しいな」
本腰を入れて撮るようになったのは最初の出合いから2年後のことだった。
「ぼくが六甲山でがんばっていたときに動物写真家の福田幸広さんと浅尾省五さんがやってきて、ウリボウの写真をぱっと撮ってはったのを見たんですよ。『ああ、悔しいな』と思って。二人は世界的に有名な方なので、いま思えばあほらしいことなんですけれど、あのときは『負けてたまるか』と。それから山の中にぐっと入って撮るようになりました。それがいちばん大きかったですね」
そのころになると、撮影のコツもつかめてきた。
「コツというのは、イノシシとの距離感がわかるかどうかです。どれくらい近づいたら嫌がる、とか。基本は動かないこと。プレッシャーを与えないように地面に座って、ずっと動向を見る。移動について行くときは、立つと大きく見えるので中腰になって動く。小走りになったら距離をおく。どのへんで休むとか、行動パターンがわかってきてからは、ぐるっとすごく遠くから先まわりしてみたり。今日はこのへんにいるかな、ということもわかるようになってきた」
そしてもう一つは、「親に認められた」こと。実は矢野さん、撮影しているイノシシとは「顔見知り」という。
「完全に匂いで覚えてもらっている感じがあります。だから、たくさん汗をかくようにしてますね(笑)。ずーっと、うつぶせでカメラをかまえていると、お母さんが匂いに来て、チェックが入るんです。認めてくれると、ウリボウたちにぼくのことを大丈夫な人やって、鼻で合図するですよ」
ただ一度、あまり朝早くに行ったときは、「なんでこんなに早く来んねん! みたいな感じで、ものすごく怒られた(笑)」。
「イノシシを一年中、6年間も撮っている人は矢野君くらいしかいないよ」
イノシシは感情をはっきりと出す動物だそうで、繁殖期になると現れるオスは「ちょっと怖い」という。
「ぼくはメスといっしょだから、向こうから見たら『俺の女に何するねん』『いったるぞ』みたい感じで、ものすごく威嚇してくるんですよ」
――そのときはどうするんですか?
「右手にカメラを持っているので、左手に木の棒を持って。そのへんに落ちているやつですけど。でも、向かってきたことはないので、戦ったことはないです(笑)」
今年7月には写真館をやめ、動物写真家として一本立ちする覚悟を決めた。
可愛らしいウリボウのシーズンだけを撮っている人はけっこういる。
しかし、「『イノシシを一年中、6年間も撮っている人はたぶん矢野君くらいしかいないよ』って、福田さんに言われたんです。なので、イノシシはこれからもずっと続けていきたいと思っています」。
(文・アサヒカメラ米倉昭仁)
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