ギリシャ・レスボス島(2019年)。モリア難民キャンプ。中東やアフリカから欧州を目指す難民・移民が行き場を失って、先が見えない状態で勾留されている。収容可能人数3000人の5倍近い難民が密集して暮らす。金網のフェンスの外には「ジャングル」と呼ばれるオリーブ畑が広がり、モリアからあふれ出た難民がそこで暮らす(撮影:渋谷敦志)
ギリシャ・レスボス島(2019年)。モリア難民キャンプ。中東やアフリカから欧州を目指す難民・移民が行き場を失って、先が見えない状態で勾留されている。収容可能人数3000人の5倍近い難民が密集して暮らす。金網のフェンスの外には「ジャングル」と呼ばれるオリーブ畑が広がり、モリアからあふれ出た難民がそこで暮らす(撮影:渋谷敦志)

この世界は意味のわからないことだらけなんですよ

 会場ではあのアンゴラの作品に続き、カンボジアの写真が飾られている。

「このあたりから、国境というのが重要なテーマになりました。始めは国境とか物理的な壁を追いかけていたんですが、次第にそれが内面的なものに変わっていったんです。ボーダーをつくるものって何なんだろう、と考えると、人間の心がボーダーをつくっているんですね。不快なものを遠ざけたり、異質な人たちと距離をとったり。同質的なものに囲まれているほうが安全だし快適なので、ぼくたちはそれを徐々に受け入れ、それが当たり前の社会になってしまっている。不安に思ったりする気持ちが人々のつながりを裁ち、分断を生んでいる。それがいま、世界中で起こっていると思うんです」

 しかし、そう語る一方で、自分の中に潜む「境界線のような気持ち」についても吐露する。「もう、この世界は意味のわからないことだらけなんですよ」。そう言って、説明してくれた写真の中には可愛らしい2人の少女が座っていた。ソマリアの難民キャンプで写したものという。

「この子のお母さんから『ハッピーな瞬間だから撮ってくれ』と言われたんです。女性器を切除したところ。血だらけになって、その痛みに耐えたからと、もらった飴を握りしめながら3日くらいこの姿勢でじっとしている。そういう慣習が彼らにはあって、こんな劣悪な環境なのにカミソリで切っている。もう、思考停止になるくらいの拒否反応ですよ。線を引きたくなる。子どもに爆弾を巻いてね、市場の中で爆発させるとか、意味がわからないですよね。でも、それはぼくたちと同じ人間がしていることなんです」

 抑制の効いた作品からはそれほど悲惨さは伝わってこない。むしろモノトーンの描写の美しさに見入ってしまう。しかし、写真を隅々まで見た後、キャプションに目を向けると、そのおぞましさに身もだえしてしまう。

ケニア・カクマ難民キャンプ(2020年)。ケニア国境地帯にある「カクマ(どこでもない場所)」という名の難民キャンプで撮影。陸上長距離走のトレーニングに励む難民アスリートたち。走ることで自分たちを隔離する境界線を越えていく。そんな強い意思とエネルギーを感じながら撮影した(撮影:渋谷敦志)
ケニア・カクマ難民キャンプ(2020年)。ケニア国境地帯にある「カクマ(どこでもない場所)」という名の難民キャンプで撮影。陸上長距離走のトレーニングに励む難民アスリートたち。走ることで自分たちを隔離する境界線を越えていく。そんな強い意思とエネルギーを感じながら撮影した(撮影:渋谷敦志)

「想像せよ」と強く言いたい。自分自身に対しても

 会場にはひときわ目を引く巨大な写真が展示される。トルコの沖、16キロにあるギリシャ領のレスボス島で写した「ライフジャケットの墓場」と呼ばれる場所だ。この島はヨーロッパに向かう難民の玄関口になっているという。中東やアフリカからやって来た難民たちはトルコを経由してレスボス島に流れ着く。

「上陸した人たちは海辺でライフジャケットを脱ぎ捨てる。それを投棄する場所。よく見ると子どものサイズが多いんです。いかに子どもたちが多いか、ということです。正確にはわかりませんが、もう何千人も溺れて死んでいる。ものすごいリスクを背負って住みなれた故郷を離れてやって来る人に対して、これはヨーロッパの問題だけじゃないですけれど、いかに歓待する心を持てるか――でも、同じ立場に立ったら、ぼくには自信がない」

 別のレスボス島の写真にはコンクリートがむき出しになったビルが写り、その上のほうに「No borders(国境がない)」と、ペンキで殴り書きされている。これが写真展を締めくくる一枚となる。

「島の人は、難民の人が大変な思いをしているのはわかるんだけど、もうこれ以上来てほしくないと思っている。でも、なかには、『よく勇敢に海を越えてやってきた』と、こういうメッセージを投げかける人がいる。これを見たときに思ったのは、『No bordersの世界』を本当に想像できるのか、ということなんです。だから、『想像せよ』と強く言いたい。自分自身に対しても」

ギリシャ・レスボス島(2019年)。Border(境界線)なき世界を、ぼくたちは想像できているのだろうか。「No borders(国境がない)」という落書きを町のところどころで見た。生きる望みを絶たれてもあきらめず、勇敢に海を越えてくる者たちに向けられた歓待のメッセージだろうか(撮影:渋谷敦志)
ギリシャ・レスボス島(2019年)。Border(境界線)なき世界を、ぼくたちは想像できているのだろうか。「No borders(国境がない)」という落書きを町のところどころで見た。生きる望みを絶たれてもあきらめず、勇敢に海を越えてくる者たちに向けられた歓待のメッセージだろうか(撮影:渋谷敦志)

会場では親密な語らいの場を常に開いておきたい

 自分の中の境界線を越えたいという気持ちが最初からあった。その気持ちをいまも持ち続けていることが写真を続けている理由だ。それがなくなったらたぶん、カメラを置くと思う。そんなことを渋谷さんは熱を込めて語り続けた。

「写真を見てくれる人がそういうことを考えたり、想像してくれればいい。そんな自分の足場、守るべき拠点みたいなものをつくるための写真展にしたい。ぼくは毎日在廊します。10人でも3人でも、1対1でもいいんです。親密なコミュニケーションの場を常に開いておきたい」

「写真は、人と対面してなんぼ」と、渋谷さんは言う。写真展に合わせて、約230点の作品を収めた写真集『今日という日を摘み取れ』も発売する。

「写真展にお越しください。ここで対面して売りたい。みなさんに手渡ししたい」

                  (文・アサヒカメラ 米倉昭仁)

【MEMO】渋谷敦志写真展「GO TO THE PEOPLES 人びとのただ中へ」
キヤノンギャラリー S(東京・品川) 11月5日~12月14日
写真集『今日という日を摘み取れ』(サウダージ・ブックス、A5判、320ページ、2800円+税)を会場で先行発売する。11月中旬からは渋谷さんが運営するオンラインブックストアと、発行元のサウダージ・ブックスのウェブサイトなどでも購入できる。

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