念願の独立だったが、客入りは散々。宣伝が足りなかったのと、何より味が追いついていなかった。ラーメンとつけ麺の二つを提供していたが、特にラーメンの完成度が低かった。

 このままではラーメンもつけ麺もどっちつかずのまま、終わってしまう。大川さんは悩んだ末、ラーメンではなくつけ麺をウリにすることに。「隠國」での修業時代に社長がまかないで出してくれたつけ麺をヒントにメニュー化したものだった。

「めん処 樹」のつけチャーシュー麺は一杯950円。大振りのチャーシューは食べ応え抜群だ(筆者撮影)
「めん処 樹」のつけチャーシュー麺は一杯950円。大振りのチャーシューは食べ応え抜群だ(筆者撮影)

 当時は「中華そば青葉」(中野市)のつけ麺に注目が集まり始めたばかりの頃で、つけ麺を提供する店はまだ少なかった。何より、麺の美味しさがダイレクトに伝わるつけ麺は、“自家製麺”をアピールするのにもピッタリだった。

 こうして、「樹」は「つけ麺の美味しい店」として、口コミが広がっていった。当時は横浜エリアでつけ麺を提供する店も少なく、話題性も抜群。メディアの取材も入るようになる。店のうわさを聞きつけた新規客と常連に支えられながら、多くのラーメンファンが集まる店に成長した。それから14年間、スランプなしというから驚きだ。ラーメン業界は毎年進化し、新しい店がいくつもオープンする。だからこそ、長く地域を支えている名店の存在は大きい。

「田上家」の田上さんは、大川さんの背中を見ながら自身のラーメンを磨き続けている。

「横浜エリアの大先輩ですね。自家製麺を開店当時からひたむきに作り続ける姿勢は見習わなくてはと思います。14年間続ける努力は半端ではありません。横浜に麺にこだわるお店が多いのも、大川さんのラーメンによるところは大きいと思います」(田上さん)

 大川さんも田上さんの技術の高さには目をみはる。

「とにかく腕のある職人です。ラーメンだけでなく食全般に詳しく、食材の知識も豊富。肉の使い方、スープの取り方など参考になる部分はたくさんあります。ラーメンにいろんなチャレンジを取り込める人だと思います」(大川さん)

自慢の自家製麺。麺には強いこだわりを持つ(筆者撮影)
自慢の自家製麺。麺には強いこだわりを持つ(筆者撮影)

 ともに、“ちゃんと作る”ことに向き合う二人。チェーン店には決してできない手作りの良さをこれからも伝えていってもらいたい。(ラーメンライター・井手隊長)

○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて19年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho

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