福田:自然を読むチカラを養うために同じ場所に通うことはいいことだよね。日本は道路網が発達しているからそこそこのところまでは車で行ける。車道からでも70~200ミリとか100~400ミリの望遠ズームレンズでがーっと写せば、そこそこの腕がある人ならそれっぽいかっこいいの撮れちゃうでしょう。ただ、そういう世界でよしとしていたらね……。

秦:そこまで、なんですね。そこから感じる自分の世界というか、そこの場所を感じる自分がいるかどうか。それには光の方向性や風、においを五感で感じることが大切で、車に乗っていたのでは難しいと思う。やっぱりそれは歩いているとダイレクトに伝わってくる。

福田:車のウィンドーガラス越しに風景を見て、音も風もにおいも感じないで撮るのと、自然にどっぷりと浸かって、それに満たされた中で見えるものというのが写真に表れてくるんじゃないかな。

「森の中を歩いていると、気持ちが変わってきますよ。五感を研ぎ澄ませて見えた風景って、すごく愛おしくて、大切に撮らなくちゃな、というふうな気持ちになってくる」撮影:福田健太郎■オリンパスE-520・M.ZUIKO DIGITAL ED 8ミリF3.5 Fisheye・ISO100・絞りf5・AE
「森の中を歩いていると、気持ちが変わってきますよ。五感を研ぎ澄ませて見えた風景って、すごく愛おしくて、大切に撮らなくちゃな、というふうな気持ちになってくる」撮影:福田健太郎■オリンパスE-520・M.ZUIKO DIGITAL ED 8ミリF3.5 Fisheye・ISO100・絞りf5・AE

深澤:自然を観察するという意味では車っていうのはどうしても見落としがある、というか、どんどん目の前に現れるものに対して目が追いつかない、ということは多々ある。よほど注意して見ていないと撮りこぼしちゃう。

福田:運転中は撮影とは違う頭を使っているし。だから気づかない、見落としてしまうところはたくさんあるだろうね。

深澤:あと、迷いますよね。なんかいいな、と思ったら、とりあえずは車をとめて見るべきだとは思うんですけれど、現実にそう思うところでしっかり車をとめているかというと、「まあ、いいか」というのと、「ちゃんととめよう」という見極めがなかなかつかない。歩いていればちょっと気になったらカメラを向けて撮り始めて、じっくりと時間をかけて撮るか、判断がつきやすい。

秦:やっぱり、被写体を観察するために歩く、ということだよね。

深澤:ぼくはもともと山が好きだったから山のかっこいい姿を求めようとすると、やっぱり車で行けるところって、もの足りないんです。車道って、地形的につくれる場所って決まっちゃうから見えるものがおだやかな風景に限定されちゃうでしょう。どうしても風景としては一面的な姿になりがちだと思うんですね。車道からの風景って、似てるな、という印象があります。あと、車で行けるところって撮影ポジションの制約が大きいところが多い。森の中に歩いて入っていけばワイドレンズでぐっと寄ることもできるし、引いて望遠で撮ることもできるから、いろいろと自分のイメージづくりができる。それは車道から撮るのとはぜんぜん違います。

暮らしとモノ班 for promotion
大谷翔平選手の好感度の高さに企業もメロメロ!どんな企業と契約している?
次のページ