福田:俺も車道から展開する風景をながめて撮るんじゃなくて、心ひかれた風景をいろいろな角度から撮ってみようと思うんですね。足を、フットワークを使って狭い範囲でも移動すれば被写体に対する角度が変わって見え方も変わる。例えば、花をパッと見て「あ、いいな」と思って撮る。じゃあ、ちょっと右側から見たらどうかなと。そうすると、被写体の見え方が変わるだけじゃなくて、背景も変わってくる。高さによっても見え方が違ってくるし。

深澤:自然を撮るうえでのバックボーンをつかむという点でも歩きのほうがいいですね。車で行けるところからでは、ちょっとそれをつかみきれないところがある。例えば、阿蘇山だったら、草千里だけでなく、周囲の山に登ることによって火山の地形がはっきりとわかる。地形的な自然の成り立ちが実感できて、その土地のことが見えてくる。

福田:「足で撮れ」っていうのは結局、踏み込んで刮目せよ、見えないところまで見抜け、ということだと思うんです。心ひかれたものをじっくりと丁寧に見ていくうちに自分の感覚も研ぎ澄まされて、そのものの本質が見えてくる。

深澤:自然との濃密な接触。沖縄の島だったら、じっとりとした湿度を感じながらシダを撮ったり、生きものを撮ったりする。

福田:海でも山でも森の中でも、歩くと気持ち自体が変わりますよ。五感を研ぎ澄ませて見えた風景って、すごく愛おしくて、大切に撮らなくちゃな、というふうな気持ちになってくる。

秦:五感が研ぎ澄まされる、という点ではやはり歩く、ということはすごく重要で、車の運転席に座っているだけだと思い浮かばない発想が足を動かすことによって生まれてくる。最近よく言われているように、歩くことによって脳が活性化する。頭の中が整理されて、すっきりと思考できるようになる。いろいろなことに気づける。発想が深く、哲学的になっていくんです。アマチュアの人によく話すんですけれど、「RAWで撮っておけば後からなんとでもなる、みたいな話をする人がいっぱいいるけれど、それは違うぞ」と。絵づくりは後でやればいい、となってしまうと、現場で発想を展開しなくなる。足を動かすことも大切だけど、それと同時に手や指を動かして、こう撮ろう、ああ撮ろうと考える。そうできるように脳を活性化させる。そういう意味でもやはり歩いたほうが絶対にいいと思うんです。(構成=アサヒカメラ編集部・米倉昭仁)

※記事の全文は『アサヒカメラ』2020年5月号でご覧いただけます。

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