■義足
最もタフなパラトライアスロン、秦由加子の痛みと闘う職人魂
日本人女性ではただ一人、太ももからの切断により大腿(だいたい)義足をつけてパラトライアスロンに挑む秦由加子(38)は昨年12月、水戸市にある義肢・装具の製作・販売を行っているアイムスを訪れた。新しいラン用義足が「今の体には合っていないので、すごく走りにくいし、脚が痛い」という。
2016年リオデジャネイロパラリンピックから正式競技となったパラトライアスロン。スイム(750メートル)、バイク(20キロ)、ラン(5キロ)の合計タイムで順位を競う。
昨年9月から、バイクは義足なしで乗っている。片足で乗る練習を重ね、義足をつけるよりもよいタイムが出るようになった。
「これで一本、義足の悩みが減りました」
と秦。そして、最大の課題がラン用の義足だ。これが、痛みとの闘いなのだ。
脚に合うものを求め、年に1回は作り直す。慣れるまで3カ月ほどかかる。義足を履くときはソケットと呼ばれる部分に脚を入れるのだが、ソケットは硬く肌に当たると痛みが出る。これまで痛くなかったことはなく、ラン用の義足は「基本、痛い」のだという。
「私の場合は、13歳で脚を切断しているので、切断した大腿骨の先がだんだんとがって伸びてきているんです。激しい運動をすると、その骨がグリグリ当たり、どうしても痛みが出てしまうのです」
秦の義足を作る義肢装具士の齋藤拓は言う。
「そもそも義足で走ること自体、特別なコツや筋力が必要なのに、その上で、5キロというパラの義足の競技の中で一番長い距離を走り続けるというのは本当に大変なことです」
それだけ脚に負担がかかるため、練習では距離を走り込むことができない。
「本番は5キロ走らないといけないのに、練習では8キロまでしか走れないのが一番の悩みです。もっと練習したいのに、それ以上走ると、翌日の練習にも支障が出てしまいます」
そこで、秦の義足を担当するメンバーが集まり、とにかく脚への負担が少なくて済むよう、軽くて痛くない究極の一本を目指し、知恵を絞っているのだ。
この日はミズノと共同開発した板バネを持って岐阜から今仙技術研究所のスタッフも訪れ、齋藤らと作戦会議が開かれた。
板バネとは義足の足部にあたり、荷重を反発力に変える機能を持つ。また、秦の義足の足裏には、ブリヂストンが特別に開発したゴムソールが付けられている。高いグリップ性能と耐久性を兼ね備えたソールで、秦の義足は、日本の技術と知恵、そして職人の技と熱い思いが詰まってできているのだ。
秦には大きな目標がある。
「これまでお世話になった人たちの目の前で、表彰台の上からお礼を言うことです。パラスポーツは、本当にいろいろな人たちの力があってできることだと思っています。義足一つ取ってみても、これだけの人たちが私のために労力と時間を費やしてくれています。最後にみんなで喜びを分かち合えたらうれしいですね」